実在の香水から喚起された小説『私が好きなあなたの匂い』を綴る、 長谷部千彩(文筆家)さんにインタビュー

シャネル、ゲラン、クリード、トム・フォード、クロエ、ジヴァンシィ、エルメスなど実在する36の香水をモチーフに描く、ショートストーリー集『私が好きなあなたの匂い』。記憶と直結する香りとともに、時間や場所を旅していくような物語を手がけたのは、ginzamag.comでも「Tiny Sketch」を連載中の文筆家・長谷部千彩さんだ。「香りの極道」を歩んできた彼女だからこそ匂い立つ、この物語のはじまりについて訊いた。


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一2008年から「WWDBeauty」で不定期連載をされていましたが、『私が好きなあなたの匂い』を始めたきっかけについて教えていただけますか?

当時の編集長・山室一幸さんからのアイデアで、1本の香水をもとにショートストーリーを書く連載をやってみてほしいというお話があったんです。もともと香水は大好きだったので、面白そうだなと思って引き受けました。

 

ーフィクションでありつつも、エッセイを書かれているときと近しいものを感じたのですが。

起承転結を作ることにあまり興味がないんです。ほんのちょっとした仕草や会話のかみ合い方とか、そういったことに興味があって。だから、ショートストーリーを書くというのもエッセイを書くというのも、割と興味は似たところにあるかもしれません。本当にささやかなアイディアから、物語を作っています。

 

ーあまり難産ではなかったんですね。

浮かんでしまえば。それに、この場合は、何もないところから作るのではなく、香水というモチーフがあるので浮かびやすかったです。香水をかいで面白いと思うものを選んで、実際に身につけながら考えていったので、自分にとってはそれほど難しくはありませんでした。

 

ーエピソードを読むごとに、どんな香りかを想像してかぎたくなりました。

香水って、ボトルの写真に、トップノート、ミドルノート、ラストノートに何が香るか書かれているというのが一般的な紹介のされ方ですよね。でも、それで実際みんな使ってみたいと思うのか。情報が足りないのではと思ったんです。それで、より香りに興味を持ってもらうためにはどうしたらいいか考えて、香りそのものからイメージしたショートストーリーを作って、実際にその香りをかいでもらうことで完成する物語というのを書き始めました。読者の方に香水の売り場まで足を運んでもらうのはけっこう大変なことですけど、あえてそれに挑戦しようということで。

 

ーだから、年齢も性別も、住んでいるところや旅する場所もさまざまの登場人物が出てくるんですね。

そうですね。それと、香水を縁遠く思っている人、つけるのを照れくさいと思っているような人たちにも使ってもらいたいという気持ちがあったので、主人公は全員日本人にしています。できるだけ、生活圏内で物語が進むように。海外を舞台にした話でも主人公は日本人で日本語を話す。「素敵な香水は、遠いところにあるものではない」という物語としてまとめたかったので。

 

ーメンズの香水もありましたね。

はい。男性が主人公の話もあります。実は、男性が主人公の話って、今までこの2本しか書いたことがないんです。私が男性性で書くと、素っ気ない男になるんだとわかりました(笑)。自分の中にある男の人っていうのが、女の人に優しくないというか、冷たいんだなって。

 

ー物語に登場する36本の香水は、どうやってセレクトされたんですか?

もちろん自分が持っている香水もありましたし、打ち合わせのときに、新作を何本か渡されるので、そこから好きなものを選ぶときもありました。1番最初のエピソード「さよなら、天使たち」で書いた「アンジェリーク」(資生堂)は、20代の頃に愛用していたもので、製造中止になることを知って、連載はぜひその香水から始めたいと思って選びました。香水との出合いはさまざまですね。

 

ー自分がこれまで使った香水で、印象に残っているものやリピートしているものはありますか?

今ぱっと浮かんだのは、<ティファニー>で出していた「ティファニー」という香水。前著『メモランダム』でも書いている、シャネルの三代目専属調香師をされていたジャック・ポルジュさんが作られた香水だと後から知って、やっぱり、自分が好きな調香師の方の香水と嗅覚はつながっているんだなと思いました。

 

ー香りが記憶や未来の選択とリンクしていく物語の中には、登場人物が悩んでいてもどこかサバサバしていて洗練されている人たちが出てきますが、ご自身の体験を含んでいるところもあるんでしょうか。

あくまで創作です。ただ、登場人物たちの性格や行動は、私にとってそんなに遠いものではないんです。人がどこにリアリティを感じるかは様々だと思うんですけど、生活感があまりないほうが私はリアリティを感じるので。あえてそうしているというよりも、実際の自分のライフスタイルがそうだからだと思うんですけど。

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ー掲載されている香水のお写真も、長谷部さんが撮影されてるんですよね?

最初の6本くらいは撮っていただいていたのですが、いわゆるブツ撮りという感じだったんですね。それで、「その撮り方では香りのニュアンスが伝わらない」と言ったら、「じゃあご自分で撮ったらどうでしょうか」と編集者から提案され、自分で撮ることになりました(笑)

 

ーパッケージも香水の魅力ですもんね。

香水はどれもプロダクトとしてよく考えられているし、香りという見えないものをボトルで可視化することも含めて面白いと思っています。ただ、お話を作るうえではあまりボトルの印象に引っ張られすぎないように気をつけました。あくまで香りの中から物語を作りたかったので。

 

ー長谷部さんは、香水をどんな装置として使っていますか?

その日の自分の足りない部分を補うものですね。私はあまりアクセサリーをつけないので、アクセサリー代わりになっているかもしれません。

 

ー普段、持ち歩いていらっしゃいます?

いや、持ち歩かないです、私は割と家にいちいち帰る人間なので(笑)、そのときに付け直します。

 

ー香りで冒険することもあるんですか?

これは似合わないとか自分の雰囲気じゃないとか、そういったことは香水に関してはあまり考えないので、意識はしていないけれど、冒険は旺盛にしているのかもしれません。香水は、コーディネートによっていくらでも自分に合うように持っていけるものだと思っています。それと、たとえばゴージャスな香りにゴージャスな服を着るんじゃなく、ファッションと香水の組み合わせを少しずらすのが好きです。コーディネートを楽しむのと同じ感覚です。

 

ー自分に合う香水を見つけるコツはあるんでしょうか。

似合う香水を選んでくれと頼まれることがあるんですけど、最初に私が聞くのは「自分をどういう人間だと思っているか」と「どういう人間だと思われたいか」の2つなんです。ただ漠然と香水をかいで直感で決めるよりも、洋服と同じでまず自分がどういうキャラクターなのかを考えてから香水を探すと、早く見つかるんじゃないかなと思います。

 

ーお気に入りの香水は、時期によって変わっていくものですか?

お気に入りが変わるというより、若い頃はあまり子どもっぽい格好もしたくないし、大人っぽい香りを好んでつけていたように思うんですけど、だんだん年齢が上がってくると存在自体が重くなってくる(笑)。自分より年下の方と会うことも多くなってくるし、重い香りをつけるとトゥー・マッチな感じがして、あまり威圧感を与えないような軽い香りを好んで使うようになりました。

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ー大人になった今だから楽しい、と思えることはあります?

人に説明をしなくてもいいってことかな。たとえば、若い頃はそれを無意識のうちに義務みたいに感じているところがあって、突然理由なく旅に出たくなっても、それを実行するのになんとなく後ろめたさがあった。でも、大人になると、そこに理由なんて必要ないということがわかる。理由がなくてもやりたいと感じたことはやる、というようになっていく。他人からどう見られるかはどうでもいいことだとわかるし、どう行動してもいいと思える。それはきっと身軽になるとか、そういう表現になるのかもしれません。

 

ー身軽になっていったことに、フランスや香港に滞在していたことは影響しているんですかね?

違う環境に身を置く以上、影響はあったと思いますが、それほど自覚はありません。ただ、物理的に新しい風景とたくさん出会えたので、それはすごく楽しかったですね。この本の中にも出てきますけど、香港、フランス、そこから旅した土地の風景など、そういったものを書くのは楽しいし、好きです。

 

ー説明をしなくていい楽しさは文章を書く上でも感じます?

若い頃と今で、書いてる文章は変わってきてるとは思います。昔はもっと言いたいことがいろいろあったように思うんだけど、今は言いたいことよりも文章のディテールに興味がある。ささいな仕草、間の感じとか、風景を如何に美しく書くか、そこに面白さを感じています。

 

ー尽きない好奇心の持ち主という印象がありますが、充電が切れると何で潤していらっしゃるんでしょうか?

乗り物に乗っていることが好きなので、どこか遠くに行きます。自分にとっては旅が一番気分転換になるし、書きたいものが見つかりやすいので。東京は長く住んでいるし、生活の場であり仕事の場でもあるから、今はここじゃないと、という気持ちもあって、とても好きな場所なんですけど、一ヵ月くらいいると飽きてしまう。とにかく1回は東京から出たくなる。出て戻ってきてまた出てみたいな。大好きなんだけど、どこかで退屈という感じはありますね。

 

ー好きと退屈は意外と紙一重なのかもしれないですね。本の中でも出てくる、幸福と寂しさが紙一重のような感じで。

そうですね。この本の中では、開放感が幸せに近いところにあって、閉塞感が不幸せに近いところにある。それが交互に顔を出す、そんな感じになっているかもしれないですね。

 

ー今後の構想として、長編も考えていらっしゃいます?

まずは短編からですかね。次は、旅をテーマにかたちにできればと思っています。

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『私が好きなあなたの匂い』 長谷部千彩
河出書房新社 ¥1,800+税

長谷部千彩 /Chisai Hasebe

はせべ・ちさい≫文筆家。ウェブマガジン『memorandom』主宰。雑誌や広告で、ファッションや音楽、映画、旅、女性の生き方、男女の関係性等について独自の執筆活動を展開。著書に『有閑マドモワゼル』(知恵の森文庫)『メモランダム』(河出書房新社)など。

hasebechisai.com
memorandom.tokyo


Text:Tomoko Ogawa
Photo:Kanna Takahashi