100年の時を経てもなお誰もがその名を知る稀有な香水。限定コレクションの感想とそれぞれのストーリーを。
5人のクリエイターに訊く『シャネル N°5と私の物語』
叶うならいつか憧れのリッツで
佐藤 翠
画家
私にとって身近な形が〈シャネル N°5〉になっていて目を奪われました。ザ ボディ ローション チューブセットは絵の具を思わせるパッケージ。そのなかでも、オールド・オーランドの高級絵の具の佇まいを連想しました。まず興味が湧いたのが「何色なんだろう」ということ。普段使っているチューブと感覚は一緒でも、出てくるのは色ではなく柔らかな香り。みずみずしく爽やかな花々のブーケはナチュラルというよりは荘厳で気高く、例えるなら美しく整えられたフランス庭園の花園のよう。カラーを想像した先入観とのギャップに驚きと喜びを感じました。持ち運びに便利なので旅の友に。香りは記憶と結びつきが強いので、この一本が旅を蘇らせてくれそう。叶うなら、ガブリエル・シャネルが晩年暮らしたホテル リッツ パリに持っていきたいです。
さとう・みどり>> 1984年愛知県生まれ。『VOCA展2013』にて大原美術館賞受賞。7月28日から8月16日まで日本橋髙島屋・美術画廊Xで個展予定。
シャネル N°5 ザ ボディ ローション チューブセット
絵の具のようなチューブ型を5本セットで。ローズとジャスミンのフローラルコンプレックス配合。小箱を開けたときの感動を楽しみに。20ml×5本 ¥7,920
歴史あるメゾンならではの遊び
工藤桃子
設計士
私の思う〈シャネル N°5〉は、自立した大人の女性のための香水。ジャン=ポール・グードが演出したキャンペーンのファンタジーな雰囲気が、女性の可愛らしさとともに印象に残っています。その格式あるイメージが軽やかに塗り変わったのが今回のコレクションです。アイテムが〈シャネル N°5〉に置き換わると、ペンキや缶といったもともとのアイデアソースの見え方も変わる。ポップなプレゼンテーションを通して、物を作るプロセスや裏側を見せるという現代的なテーマが表現されているのが面白かったです。歴史あるメゾンだからこそできる遊びです。オイル容器型のボディオイルは、日常にそっと仲間入りさせたいデザイン。肌になじみ、爽やかな空の下、明るい太陽の下、緑の香りが漂うなかで使ってみたいと感じました。
くどう・ももこ>> 東京都生まれ、スイス育ち。MMA inc.の設計で大切なエレメントである、素材の物語を綴ったジャーナル『MMA fragments』を秋から発行予定。
シャネル N°5 ザ ボディ オイル
オイル容器型のボトル入りで全身、髪の毛にも。リッチなテクスチャーで潤いを。250ml ¥11,770*シャネル オンライン ブティック及び百貨店ECでの販売はなし
エレガントな琥珀色のロマン
Jo Motoyo
Film Director
栄枯盛衰が激しい時代のなかで、ひとつのものが残り続け、受け継がれていることにロマンを感じます。香りもですが、〈シャネル N°5〉の色も好きなんです。以前に家で使っていたとき、光に当たって琥珀色の影がテーブルに落ちているのを見て、とても美しい香水だと見惚れました。シャワー ジェルが入った限定のペンキバケツは、エレガントかつシンプルな見た目が大人っぽくて気に入っています。蓋を開けた瞬間から良い匂いが立ち上り、使ってみたらバスルーム中がフローラルの香りに包まれて癒やされました。なんだか自分が突然いい女になった気分に(笑)。高揚させたり、逆に落ち着けてくれたり、気持ちを調整するひと時を作ってくれる。旅行や出張の時だけでなく、自分のことを大事にしたいなと思う日にご褒美として使いたいです。
ジョー・モトヨ>> TSUTAYA CREATORS’ PROGRAMにて監督賞受賞、長編作品デビューに向けて執筆中。LAのダンスカンパニーとの共作映像も制作中で年内公開予定。
シャネル N°5 ザ シャワー ジェル バケット
ペンキバケツ型容器(紙製)に1回分を小分けでセット。テクスチャーはヴェルヴェットのような柔らかさ。クリーミーで繊細な泡立ちで洗い上げる。6ml×20個 ¥9,680
母が教えてくれた思い出の香り
塩塚モエカ
ミュージシャン
母のドレッサーに旅の途中で買った〈シャネル N°5〉のボトルがあったのを覚えています。中学生のときに初めて見せてもらって、ミニマルな美しさや、その向こうにあるまだ行ったことのない海外の風を感じて憧れていました。1世紀もの間、イマジネーションの源となり続けてきた、色褪せない確固たる存在。しなやかで、強さのある女性像が浮かんできます。その特別なイメージのある〈シャネル N°5〉に、“日用品”という一見相反するテーマを掛け合わせたことに興味を引かれました。繊細なラメが入ったザ スパークリング ボディ ジェルは、軽い塗り心地で背筋がしゃんとする気がします。香水よりまろやかにフレグランスが広がるのも心地いい。晴れた日のお出かけに少し肌のでる服を着て、ジェルをつけて太陽に透かしてみたいです。
しおつか・もえか>> 羊文学ヴォーカル・ギター。映像作品『Tour 2021 “Hidden Place” online live 2021.03.14』を7月21日にリリース。
シャネル N°5 ザ スパークリング ボディ ジェル
コンパクトな缶のパッケージに入ったボディ ジェル。細かなゴールドのラメ入りで、素肌に花のブーケと輝きのエッセンスを。200ml ¥11,770
「自分のため」のかけがえのなさ
藤野可織
小説家
〈シャネル N°5〉のことはマリリン・モンローのおかげで、子どものころから名前だけは知っていました。彼女に期待された性的な幻想の一端にふれ、それを自分自身からはなるべく遠ざけておきたいと感じました。そのせいで私は香水全般がずっと苦手だったのです。でもあらためて部屋でじっくり嗅いでみて、草地のような香りがするのに驚きました。私が敬遠していた性的なイメージとはかけ離れたものでした。しかし、そもそもそれがどういった香りであれ、どう周囲に簒奪されようともモンローが「自分のためにしていた」ことのかけがえのなさは損なわれるものではなかったんですよね。今になってやっとそれに気づきました。缶入りの美しいサヴォン。とにかく可愛くて、こういう品を並べておける綺麗な洗面所があったらなあ…とつくづく思います。
ふじの・かおり>> 1980年京都市生まれ。2006年『いやしい鳥』で文學界新人賞、2013年『爪と目』で芥川龍之介賞受賞。最新刊は『来世の記憶』(KADOKAWA)。
シャネル N°5 サヴォン
靴クリームを思わせる丸い缶の中身は淡いピンク色の石鹸。手を洗うときにも贅沢な花々のブーケに満たされる。大切な人への贈り物にも。90g ¥6,710
〈シャネル N°5を知る5つのエピソード〉
フレグランスの常識を塗り替えた20世紀を代表するアイコン。ガブリエル・シャネルが欲した「女性のための香り」とは。
1.HISTORY
〈シャネル〉の歴史において重要なマイルストーンとなった1921年。この年、革新的な香水〈シャネル N°5〉は初めて世に送り出された。それはクチュリエが作った最初の香水であり、フレグランス史が新しい時代へと転換した瞬間でもあった。ガブリエルが初代専属調香師、エルネスト・ボーに依頼したのは「女性そのものを感じさせる、女性のための香水を創ってほしい」というもの。こうして当時の主流であった単一フローラルではない、より複雑で深遠な、“抽象性”という概念をもった調香が生み出された。それは“N°5以前”と“N°5以後”、専門家がそう分けられると認める香りの世界の革命であり、〈シャネル〉のパイオニア精神とモダニティを象徴する香水だった。
2.FLORAL BOUQUET
〈シャネル N°5〉がどんな花の香水か考えてみたことはあるだろうか? ガブリエルが構築したのは、特定の一種にとらわれない贅沢な花々のブーケ。30mlの中に1000輪もの希少なグラース産のジャスミンを使い、さらにはローズ ドゥ メをはじめとする80種以上もの天然の恵みをふんだんに配合。そのひとつひとつを調和させ、引き立たせる合成香料アルデヒドを組み合わせた画期的な香り。想像してみてほしい。〈シャネル N°5〉を贈ることは、両手で抱えきれないほどの大きな花束をプレゼントすることと同じなのだと。
3.DESIGN
〈シャネル N°5〉の名は、ガブリエルが選んだ試作品の番号だったからとも、彼女のラッキーナンバーだったからだとも。真偽は不明だが、番号を名前にすること自体が新しさを象徴していた。ボトルは当時一般的だった装飾を凝らしたものとは一線を画す、極めてシンプルで直線的なデザイン。初期(写真左)からシャープな美しさはそのまま、少しずつ変遷を遂げている。キャップとボディは宝石のようにカットされ、ヴァンドーム広場を彷彿とさせる長方形に。ロゴマークも変化している。
4.MUSE
「眠るときに身にまとうのは〈シャネル N°5〉を数滴だけ」というマリリン・モンロー (写真上)のフレーズはあまりにも有名だ。女性そのものを映し出す香水の魅力は、時代のミューズたちとともに彩られてきた。1937年には、ガブリエル自身が広告に登場(右ページ、HISTORY写真)。デザイナー本人がモデルとなるのは史上初の試みだった。その後もカトリーヌ・ドヌーヴやニコール・キッドマンなど後世に残る名キャンペーンが数々誕生。最新作ではマリオン・コティヤールが月面で踊るシンボリックな映像が公開されている(写真下)。
5.SCENT
〈シャネル N°5〉には共通のアコードから生まれた5つの香りが存在する。すべての原点となるタイムレスなオリジナル。3代目調香師であるジャック・ポルジュによるオードゥ パルファムは、バニラが際立つセンシュアルなイメージ。そしてサンダルウッドが心地よい、あたたかみのあるオードゥ トワレット。2008年にはイランイランを引き立たせたオー プルミエールが登場。フレッシュで現代的なロー オードゥ トワレットは2016年、4代目のオリヴィエ・ポルジュにより生み出された。