20世紀を代表するクチュリエ、クリスチャン・ディオールと、彼に続いたアーティスティック ディレクター6名の足跡をたどる回顧展がロンドン、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)で開催中だ。前回の山田由梨に続き、今回はロンドン在住の点子と、撮影を担当したUMMMI.がディオールの夢見る世界に触れる。色と香り。ディオールの世界観を形作るふたつの視点から、ムッシュ ディオールが愛した“美しさ”を探りたい。
UMMMI.と点子が体験するディオール ビューティの世界
点子 at
DIORAMA
コスチュームジュエリー、ハット、シューズ、バッグなどのアクセサリーから、リップスティックに香水瓶まで、ジャンルの垣根を超えたメゾン ディオールの広がりをカラー別に表現したこのセクション。スティーブン・ジョーンズのハットやロジェ・ヴィヴィエの靴など、歴代のコラボレーターたちの作品も一堂に会す。
鮮やかなカラーパレットで表現されたメゾン ディオールの世界。カラフルなアーカイブ作品が連なり、万華鏡のような世界が広がる。
新作のルージュ ディオールを手にする点子。クラシックなルックに真紅のルージュが強さを添える。
赤のコーナーにはミニチュアドレスやイラストレーション、アーカイブのリップスティックが飾られている。
ルージュ ディオール ウルトラ ルージュ 999 ¥4,200(パルファン・クリスチャン・ディオール)
赤い筆の詩人
文・点子
クリスチャン・ディオールのラッキーカラーは赤だった。コレクション発表後、モデルたちからの賞賛のキスマークで自身の頬が真っ赤に染まることこそが、成功の象徴であると、彼は話す。コレクションにも必ず赤のルックを入れることが、今もディオールの伝統として引き継がれており、意図しなくても彼の想いがメゾンの伝統となっているのが興味深い。
ムッシュ ディオールがクチュール メゾンを立ち上げた第二次大戦後のフランスでは、シルクからウールまで、布の流通量が一定に制限されていた。〝ラグジュアリー〟という概念が世の中では認められていない中、1947年、ディオールは細く絞ったウエストとゆったりとしたフレアスカートのニュールックを提案し、女性たちの唇に赤い口紅をさした。不安定な世界情勢でも、彼は女性に夢を持ってもらいたかったのだ。
20世紀初期まで〝反抗〟の象徴とも捉えられていた口紅は、いつの日か女性を奮い立たせてくれる存在となり、ファッションにとってなくてはならないものになった。ムッシュ ディオールは、まるで詩人のように、新しいフォルム、曲線、ボリューム、色、シルエットを描き、今までの流儀を美しく裏切るモダンな女性像を打ち出した。そして今、彼が愛した赤い口紅は、レッドカーペットの上から通勤電車の中まで、さまざまな女性たちに自信を与えてくれる存在となっている。
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点子
1996年、ドイツ生まれ。3歳までロンドン、13歳までベルリンで暮らし、東京で中学・高校生活を送る。モデル、女優としての活動のほか、アーティストとしても作品を発表。現在はロンドン在住。セントラル・セント・マーチンズでキュレーションを専攻。バンド活動のほか、エッセイなどの執筆も手がける。
UMMMI. at
THE GARDEN
庭園でドレススケッチをすることも多かったというムッシュ ディオールにとって、花々は欠かすことのできないインスピレーション源。「どんなドレスにも、最後の仕上げに香水を」(クリスチャン・ディオール/1954年)という言葉からも、フローラルな香りに魅了され続けるディオールのフィロソフィが感じとれる。
中央のガラスケースに鎮座するのはマリア・グラツィア・キウリによる〈Miss Dior〉(2017年春夏 オートクチュール コレクション)。
ラフ・シモンズによる2012-13年秋冬 オートクチュール コレクションより。
ミス ディオール オードゥ トワレを手に。
〈Miss Dior〉のために作られたディスプレイケース(1950年)
1947年に誕生した香水〈Miss Dior〉。1949年に発表された春夏 オートクチュール コレクションでは、この香りから生まれた同名のドレスが発表された。
ミス ディオール ブルーミング ブーケ オードゥトワレ50ml ¥9,000(パルファン・クリスチャン・ディオール)
愛みたいな匂い
文・UMMMI.
もし愛に匂いがあるとするならば、どんな匂いをしているかな、と考える。きっと少しだけ熱気を帯びていて、どこか遠い場所を思い出させて、甘いんだけど物足りなくて、そして肌と肌がピタッとくっつきあう瞬間の鼓動のような匂いをしているだろうと思う。ディオールの香水は、限りなくそんな匂いに近い。上品なんだけど、困惑している。「愛のように香るフレグランスを」とクリスチャン・ディオールが求めたように、ディオールの香水からはそういうタイプの、愛みたいな匂いがする。
愛は日々の積み重ねであるがゆえに、常に同じレベルの愛を特定の人にたいして持ち続けることはなかなか難しい。自分の体調が悪くて愛する人のことがおざなりになってしまったり、友人と朝まで飲むほうがどうしても楽しかったり、あるいは愛する人の眠る姿を見てとつぜん意味もなく心が愛ではち切れてしまいそうになったりする。愛をとりまく環境は常にグラグラと揺れ動いている。だからこそ、愛の匂いを自分の身体にまとえるというのは希望でもある。自分自身をコントロールすることは時々難しいけれど、香水という目に見えない魔法を身体にかけて、人々は目に見えない愛を信じるのである。
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UMMMI.
1993年生まれ。アーティスト、映像作家。2018年東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻修了。現在はUCA芸術大学映画学科に在学しながら、映像制作や執筆活動を行う。初長編作品『ガーデンアパート』、短編『忘却の先駆者』がロッテルダム国際映画祭2019の「Bright Future」部門に選出。今年3月には、英BBC製作の監督作品『狂気の管理人』を発表。現在、参加グループ展『更級日記考 ―女性たちの、想像の部屋』が市原湖畔美術館で開催中。