広瀬すず×永瀬廉による青春ラブストーリー、『夕暮れに、手をつなぐ』(TBS火曜よる10時〜)。北川悦吏子が19年ぶりに手がけたオリジナルラブストーリーの1話を、ドラマを愛するライター釣木文恵と漫画家オカヤイヅミが振り返ります(レビューはネタバレを含みます)。
広瀬すず×永瀬廉『夕暮れに、手をつなぐ』は新たなる東京のラブストーリーになるか?1話を振り返る
舞台となる東京の存在感
東京が映っているドラマだ。
浅葱空豆(広瀬すず)が婚約者・矢野翔太(櫻井海音)にふられ、かつて翔太からもらった指輪を川辺で眺めるその先には東京タワーがそびえている。海野音(永瀬廉)とともに翔太に改めて会ったあと、二人が歩く道の向こうには大きくスカイツリーが。何より東京で音と再会したときにびしょ濡れになってしまった空豆がドンキで買ったというパーカーには「大東京」と書かれている。
次々と映し出される東京の景色に、10代の頃を思い出した。地方都市に生まれた私は、ドラマを見ては背景に映る都会の街並みに心を奪われ、東京に憧れた。たとえば『ビューティフルライフ』で車椅子で2人が駆け抜けた表参道。『ロングバケーション』で山口智子演じる南が白無垢姿で走っていたのも、たしか隅田川にかかる橋ではなかったか。このドラマで恋に落ちるのは、今の私から見ればまぶしいほどの若さほとばしる二人だけれど、きっと憧れの存在として見る若い視聴者もたくさんいるだろう。
空豆と音を成立させる広瀬すずと永瀬廉
1話は空豆の傷心から始まる。
結婚を一か月後に控え、式の打ち合わせで上京してきた空豆。「翔太はおいの片割れやった。二人で一つやった」と『青春アミーゴ』ばりの存在だった婚約者にはすでにべつの恋人がいた。
ドラマの事前番組で空豆は”野生児”と紹介されていた。翔太と地元・九州でつきあっていた頃は福岡中心地を闊歩することもあり、AirPodsを愛用していて、ヨルシカを聴き、ボカロPに詳しい。でも東京では噴水で顔を洗うし、訛りは直さないし、カードキーの使い方はわからない。そんなある種いびつなヒロインを、広瀬すずが乗りこなしているのがすごい。ギリギリのところで空豆という女性を成り立たせているように見える。
こういうキャラクターの場合、明らかに演じているのはかわいく美しい役者なのに、ドラマの世界の中では「かわいくない」という前提で展開することが少なくない。しかし空豆は、学生時代の回想で本人も「おいはむぞか(かわいい)」といい、そのことで周りから妬まれもし、先生からも「べっぴんやし華がある」と言われ、自他ともに見た目のかわいさ、美しさを認めているところがいい。しかもそれが、さらっと回想で触れられるだけで、とくに現代で本人がそのことを強調したり、周りが反応したりしないのも、気持ちのいい温度感だ。
いっぽうの音は、喜怒哀楽のはっきりした空豆と相反する存在だ。感情をあまり表に出さないタイプで、会って早々空豆に振り回される。ただ、常に低温なリアクションでありながら、ところどころ意見はやんわり主張する。たとえば、空豆から翔太に会いに行くのについてきてほしいと言われたときの「嫌と?」「どちらかというと」。意見ではないがもう一つ、空豆に自分を売れっ子ボカロP・まんぼうと偽ったときの「トレードマークの仮面ばつけて」「(あの仮面は)見づらい」の返しもよかった。テンションはローなままで、間を空けずに返す。永瀬廉のこのテンポがいい。
名乗りあって恋が始まる
たまたま同じ曲を聴いていたAirPodsを取り違え、落としそうになったスマホを守ろうとして噴水でびしょぬれになり、橋から川に飛び込みそうになるところを間一髪で救う。「運命の出会い」をこれでもかというくらい重ねる二人。
東京の夜景をバックに音が空豆をおんぶして歩いても、まだ二人はお互いの名前を知らない。彼らが互いの名を知るのは放送開始から47分(TVerだと39分)。空豆がヤケで部屋をとった高級ホテルのスイートルームから音が去る、そのときだ。空豆はベランダから大声で音を呼ぶ。
「おいは空豆、空に豆。食べる空豆とおんなじ字や」
なぜそんなことをしたか。
「アンタ、明日来んかもしれん。ここにもう来よらんかもしれん。命ば助けてくれた人の名前だけでん聞いときたか」
空豆は突飛で激しい人だけれど、半ば脅すようにして明日翔太のところに一緒に行ってくれるよう音に頼んだけれど、でも本当のところは音がつきあってくれなくても、それでいいと思っているのだ。
「音。音楽の音、音がする、音が鳴るの音」
「ええ名前やが。音、ありがとう!」
おおきく両手を振る空豆に、ほんの少し微笑む音。戦国武将が「やあやあ我こそは」と名乗ってから戦をはじめるように、この名乗りによって二人の恋は始まるのかもしれない。少なくとも「明日までは面倒見ないよ、と心の何割かで思っていた」音が次の日やってくるほどには、心を動かされたのだろう。
翌日、靴をなくしたままの空豆に音が買ってあげるスニーカーはオレンジ。オレンジジュースが好きな空豆のチョイスだろうか。夕暮れの色だ。
二人を囲むキャストにも期待
音の大家さんである雪平響子(夏木マリ)やその幼馴染、丹沢博(酒向芳)ら、これから若い二人を見守るであろう人生の先輩たちの存在が頼もしい。でも響子の息子、爽介(川上洋平)が結婚相手を「調達する」という感覚なのが少し気になる。今後、彼も二人の関係に関わってくることがあるのかもしれない。
コンポーザー志望の音はレコード会社のA&R・磯部真紀子(松本若菜)に「あんたの曲には痛みがない、だから人の心を打たない」と言われる。彼女に言われたとおり、「自分がいつ泣いたか思い出せない」音の目の前に現れた空豆は、いつも感情をまっすぐに出し、ひと目をはばからず泣く。空豆とひとつ屋根の下で暮らすことになった音が感情をあらわにし、泣く日はやってくるだろうか。
脚本:北川悦吏子
演出:金井紘、山内大典、淵上正人
出演:広瀬すず、永瀬廉(King & Prince)、夏木マリ、松本若菜 他
プロデュース:植田博樹、関川友理、橋本芙美、久松大地
主題歌:ヨルシカ『アルジャーノン』
エンディング曲:King & Prince『Life goes on』
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Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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