岡村 そうなんだ! 徹頭徹尾、「嘘ついてません?」っていう目線で撮ってるのに?
松江 心底感動してたと思います。
岡村 なるほど。僕ね、猫、テレビ局の人、面白いシーンがいろいろとあったなかで、いちばん印象に残ったのは、実はケーキなんです。何か出来事が起こるたんびに、奥さんがケーキを買ってくるでしょ。何かが起こる、ケーキ、猫。何かが起こる、ケーキ、猫。何かが起こる、ケーキ、猫。それを最初からずっと伏線として刻んでいって、最後もケーキ。佐村河内さんが言うんです、「こんなに美味しいケーキは食べたことがない」って。
松江 うまいですよね、森さんは。
岡村 森さんって、『職業欄はエスパー』も『A』『A2』もそうだけど、ヘンテコリンな映像を引いた視点できちんと撮る人だと思うんです。それで観るものを惹き付けるというか。今回も、新垣さんは逃しても、ケーキは絶対に逃さないんだって(笑)。
松江 そうそう、そうなんですよ(笑)。
岡村 だから、ドキュメンタリーって、ジャーナリスティックな側面はもちろんあるんだけれど、なんだかよくわからない不思議なものを観てるぞっていう面白さ、それも大事だと思うんですよね。
松江 岡村さんの言ってることはまさにそう。僕もドキュメンタリーを撮る立場として、それはすごくそう思うんです。よく、「ドキュメンタリーなんだから、世の中の不正を暴いてくれ」と言われることがあるんですが、ドキュメンタリーと報道は違うんです。もちろん、報道の中にドキュメンタリーの要素はあるし、ドキュメンタリーの中にも報道の要素はある。でも、ドキュメンタリーがフォーカスすべきは、事件の経過や、真実か否かではない。人間なんです。そこに登場する人の人間味なんです。ドキュメンタリーは、人間の生々しさをいちばん撮りやすい手法だと僕は思っていて、ドキュメンタリーをやるのは、その人間味を観たいからなんです。僕が劇映画を撮らないのはそこなんです。役者に演技をつけて人間味を出してくれとやるんだったら、僕はそういう人を探して、ホントにそういう状況をつくり、人間味が出てしまうようにもっていく。僕の『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』(16年放送/テレビ東京)でいえば、伊藤沙莉さんと漫画家の大橋裕之さんに、カラオケで40分歌を唄わせて、最後に「キスしてください」と言ってしまう状況をつくるという(笑)。そこで出てくるプロレスっぽさが僕は好きなんです。
岡村 フィクションとノンフィクションのはざまにある“フェイクドキュメンタリー”が醸し出すプロレスっぽさ。
松江 そう。結局、人間味、人間臭さが観たいんです、僕は。そういうのが好きなんです。やっぱり僕はドキュメンタリーの人間だなって。
岡村 松江さんの『SAWADA』(12年)もそうですよね。ある映画監督が自殺した。彼は実在の人物で、亡くなったのも事実。で、彼と関係があったと称する女性たちがスナックに集まり、彼についての話をする。みんなすごく生々しい顔をしているから、彼女たちを観ていると、どこまでがフェイクでどこまでがリアルかがわからなくなってくるんです。
松江 女性たちは全員、演じてもらってる人たちなんです。
岡村 それはわかっているんだけど、なんだかものすごくドキドキしてしまう。あまりの生々しさに。松江さんとしては、ああいったドキュメンタリー手法を発展させ、『山田孝之の東京都北区赤羽』(15年放送/テレビ東京)や「おこだわり」といったフェイクドキュメンタリーにつなげているわけでしょ。
松江 僕、そういうのが好きなんです。映画ってやり出すとキリがないし、予算があるなら、いくらでも凝ることができる。でも、僕にとって重要なのはそういうことじゃない。ミニマムな予算で、いかにいままで観たことのないものが撮れるか。そこなんです。しかも、そういった人間味を追っていくと、劇映画では絶対に思いつかないシチュエーションが飛び出してくるんです。『FAKE』でいえば、豆乳のシーン。佐村河内さんは、奥さんが作ったハンバーグを目の前にしても、ずっと豆乳を飲んでるわけじゃないですか(笑)。
岡村 あれもものすごく印象に残るシーンなんですよねえ(笑)。
松江 さあこれから夕飯だ、っていうときに、豆乳。ああいうシーンを観ると、やっぱりドキュメンタリーがいちばん面白いなって。劇映画の台本で、「食事の前に豆乳を1リットル飲む」って書いても、役者は「意味がわかりません」って言いますよ。「演出意図を教えてください。監督、これってほんとに面白いんですか」って(笑)。でも、佐村河内さんは、そんなことはおかまいなしに飲むわけです。「豆乳が大好きですから」って。奥さんも「この人、毎日こうなんですよ」って。あれがものすごく面白いんです。
岡村 事実は小説より奇なり。頭ではああいう突飛なことは想像できませんもんね。
松江 もうひとつ言うと、あの空気感が許されるのが夫婦だなって僕は思うんです。だって、奥さんが一生懸命夕飯を作ってくれたのに、食べずにゆっくり豆乳を飲むんです。せっかくのハンバーグが冷めちゃう、奥さんに悪いなって、僕だったら思っちゃう。でも実は、このふたりだけの、ふたりだけにしかわからない幸せがそこにはあるんです。それがよくわかるシーンなんです。揺るぎない絆でこのふたりは結ばれているんだなって。
岡村 な〜るほどね〜。
松江 奥さんが独学で習得したという手話も、世間からは、デタラメだとか、それこそフェイクだとか、いろいろ言われることもあると思うんですが、でも、夫婦って、長く一緒にいれば言葉なんて少なくなるものじゃないですか。夫婦だから伝わる手話なんじゃないかなって。だからたぶん、奥さんは、佐村河内さん以外の人の手話通訳はできないんじゃないかなと僕は思うんです。夫にだけ通じる手話をやってるんじゃないのかなって。

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なぜドキュメンタリーを撮るのか。
岡村 ドキュメンタリーって、劇映画とは違って、劇場公開されることが少ないですし、DVD化され商品化されるということも肖像権が絡んでくるので難しい。そうすると、作る側は潤いませんよね。そういう場合、ドキュメンタリー作家にとって、どういったところにモチベーションがあるのかなと思うんです。だって、これを撮ってヒットさせて大儲けようっていう考え方はあり得ないわけでしょ?
松江 それはやっぱり、使命感のようなものでしょうね。
岡村 でもそれでは食べていけないですよね。
松江 僕らより上の世代、60年代、70年代のドキュメンタリー監督たちは、フィルムだったからものすごくお金がかかってたんです。ドキュメンタリーはずっと撮ってなくちゃいけない。フィルム代が高くつくんです。だから、資金が尽きて本編は完成しないまま、という人はすごくたくさんいましたし、スタジオ代を払えないからフィルムを返してもらえないまま、という人もいました。だから、ドキュメンタリーを作る人にとって、映画は使命感であり、それこそ、「運動」のようなものなんですよね。
岡村 「運動」かあ。
松江 ドキュメンタリーがこんなふうに劇場で一般公開されるようになったのは、ここ15〜16年ぐらい前からの話で、実は森さんや僕らの時代からなんです。森さんの『A』が98年、僕のデビュー作『あんにょんキムチ』は99年、そこからなんです。それはなぜかというと、デジタルビデオでも劇場公開ができる時代になったからなんです。それまで、劇場公開作で大きな話題となったのは、原一男さんの『ゆきゆきて、神軍』(87年)ぐらいしかなかったんです。じゃあ、先輩たちは、一体どうやってドキュメンタリーを上映し、世に知らしめていたのか。講演会などでの上映なんです。左翼系の講演会とドキュメンタリーの上映がセットになっていたり、カンパで上映会を開いたり。とにかく、「知り合いのツテを頼って観に行く」のがドキュメンタリーのスタイルだった。だから、みんな、映画だけで稼ごうとは思ってないし、生活のための映画でもない。主義主張をアピールしたくてドキュメンタリーを撮る、そういうモチベーションのドキュメンタリー監督は多かったと思います。森さんや僕らのように、エンタテインメントとしての、報道とは違う、「人間味を描く」という部分でドキュメンタリーを撮るというのは、ここ最近のことだと思います。
岡村 エンタテインメントとしてのドキュメンタリー。確かにそうですよね。『FAKE』は、とにかく笑いが起こるドキュメンタリーですもんね。豆乳のシーンもそうだし、猫のシーンもそうだし、佐村河内さんがポコポコやる口太鼓のシーンもそうだし(笑)。
松江 口太鼓は最高ですよね(笑)。やっぱ、『FAKE』であらためて思ったのは、森さんはプロレスが好きなんだなってことなんです。観ていれば気づくと思いますけれど、森さんは、佐村河内さんと誰かが話をしているのを聞いている、というスタンスが多いんです、自分が直接話を聞くよりも。
岡村 確かに、確かに。
松江 あれって完全に、レスラーとレスラーを闘わせているレフリーの視点なんです。「さあ、次のラウンドは佐村河内VSテレビ局です!」「おっと、外国人ジャーナリストも現れたぞ!」って。森さん、盛りあげるのが大好きな人なんです。あれを撮ってるときの森さんの顔は相当イイ顔をしてたはずです。ニコニコしながらもシメシメって思ってたんじゃないですか(笑)。
岡村 テレビ局の人たちは、ものすごく真剣に、ものすごく神妙な顔をして佐村河内さんの話に頷いていたじゃないですか。彼らなりに精一杯の誠意をみせようと努力した結果だと思うし、そこに他意はないと思いますが、不思議な気持ちになりましたね。
松江 あれがメディアの人の顔なんです。あの人たちに限らず、メディアに関わっている人、誰かを撮る仕事をしてる人って、みんなあんな顔をしてると思います。僕もそういう顔をしてるときはあると思います。だからそれは、森さん自身も、自分もテレビ側だなと思いながら撮っていると思いますね。
岡村 ドキュメンタリーは、人間の生々しい部分をあぶり出すもの。そこが面白いところだし、僕が惹かれるところなんです。
松江 その通りです。劇映画を含め、相当数の映画を僕も観てますけれど、豆乳飲んでるだけであれだけ面白いって、やっぱりものすごいことだと思うんです(笑)。
岡村 ドキュメンタリーは最高ですね。
松江 最高です。

森達也監督:映画『A2完全版』(16年)より
佐村河内守と一緒に飲んでみたい!?
岡村 佐村河内さんはこの映画を観たんでしょうかね?
松江 どうなんでしょう。観ているはずだとは思いますけど。でも、この映画は本人にとってはうれしいんじゃないかと思いますよ。
岡村 そうかもしれませんね。
松江 白黒つけなかったのが良かったと思います。結局、大事なのは、聞こえるのか聞こえないのか、そういうことじゃなく、佐村河内守という男の人間味なんです。森さんが最初に言った、「守さんの悲しみ」が映っていたのかというと、疑問はありますけれど(笑)、でも、人となりはよく出てると思います。だって、この映画を観たあとに、新垣さんと佐村河内さん、どっちと一緒に飲みたいかといったら、僕は絶対佐村河内さんと飲んでみたいですもん。会いたくなるじゃないですか。
岡村 面白そうな人ですよね。
松江 絶対に面白い人だと思いますね。そうだ、岡村さん、『GINZA』で連載してる「結婚への道」対談で会いにいかれたらどうですか。佐村河内夫妻に。いい話がいっぱい聞けると思うなあ。この映画はある意味、「夫婦の愛の物語」でもあるんですから。
岡村 でも、コミュニケーションが難しくないですかね?
松江 奥さんが手話で通訳してくれますよ。美味しいケーキも出ますよ、きっと(笑)。

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