今年1月、墨田区東向島に出現したその名も「モードの悲劇」。時代を超えて見せたい服、SNSで発信される言葉、ショップの随所から感じられる“メッセージ”に注目したい。
“アウトキャスト”のためのコミュニティ空間「モードの悲劇」
固定観念を払拭するスペースを目指す
〈obsess〉のデザイナー北田哲朗、パートナーであり〈JUICE〉を手がけるヤナ・ダーメン、アシスタントのスミレの3人が運営するショップは、遊郭の歴史を持つ古民家を改築した唯一無二のスペースだ。2階は北田とヤナが暮らす住居、一階の店舗にはアトリエが併設され、木の梁とネオンライト、メタルパイプのラック、安全ピンのカーテンと、過去と現在がカオティックに混在する。店に並ぶのは2人のコレクションと、ものづくりの原動力となったアーカイヴピース。
北田 「サイクル関係なしに、自分たちの表現を見せられる場所がずっと欲しかった。実際に身にまとってきた服をカルチャーとして伝えたいという想いから、アーカイヴも展示販売しています」
ヤナ 「私が育った西ドイツにはショップがあまりなく、ゴシックやハードコア、エモを扱う店に行くことが多かった。そんな経験から、“アウトキャスト”な人たちの居場所を作りたいっていう想いが強くなりました。ものを売るだけでなく、コミュニケーションが生まれるね」
オープニングパーティにはインスタグラムの告知を見た若手クリエイターが数多く集まり、予想外の集客に当の本人たちも驚いたそう。
北田 「やっぱりみんな面白いことを探している。店を持つと今までできなかったことが制約なくできることが楽しい。『モードの悲劇』ならではのイベントもどんどんやっていきたいです」
ヤナ 「国内外のブランドやアーティストに声をかけて、この場所を起点にいろんなコラボレーションをしていきたい。私たちが“GATE”になり、いろんな会話が生まれるといいなと願っています」
DIYマインドは店舗作りにも
モードの悲劇スタッフが語る“感じたこと”
〈obsess〉のロングスカート
文_スミレ(アシスタント)
〈obsess〉の9thコレクション「For The Praying」(2020年)から立体裁断で作られたロングスカートを紹介します。デザイン、パターン、縫製の全工程をデザイナーの北田が手がけており、身体の美しさを意識したドレーピングや細部のディテールに、彼が培ってきた経験がダイレクトに反映されていると感じます。
実際に着てみると、切りっぱなしの丈は引きずるほど長く、タイトなフォルムは耽美的な雰囲気をまとっています。この服から「世紀末芸術(1890年代から20世紀初頭に流行)」に通じる美意識を感じました。丁寧に作られた服には高価な生地が用いられることがお決まりですが、このスカートにはあえて安価なデニム生地が使用されていて、極端な色落ちと特異な経年変化が楽しめることから、退廃美の美しさも感じ取れます。ポケットもしっかりとついているので、片手をポケットに入れ、斜め下を見る。完璧な後ろ姿の完成です。
〈JUICE〉のソファープリントスーツ
文_ヤナ・ダーメン(JUICE デザイナー)
私のブランド〈JUICE〉のファーストコレクション「Westgebiet」(2018年)よりピックアップしたスーツ。母国、西ドイツで過ごした90年代後半〜00年代の記憶をもとに、ほとんど言語化されていなかった時代を視覚化することを目的としたコレクションでした。ドイツ人アーティスト、ヘンリケ・ナウマンの作品にも強く共感し、インスパイアされました。ヘンリケ自身もドイツ文化から多大な影響を受け、家具を“媒介”としたインスタレーションアートを発表しています。
このスーツはドイツ家庭の“ありふれた美学”をイメージしたもの。実家のソファに用いられていたグラフィックを生地にプリントし、どこか懐かしいボタンを袖口に、カッティングを現代的に仕上げることで幼少期の思い出をモダンに再構築しました。ドイツ人の精神性を感じさせるジャケットの鋭いラペル、ウエストのメタルフックのディテールが個人的にもとても気に入っています。
〈シャロン ワコブ〉のベスト
文_北田哲朗(obsess デザイナー)
シャロン・ワコブはアイルランド出身でフランスを拠点とするファッションデザイナー。セント・マーチンズを卒業後、〈コージタツノ〉、マーク・ジェイコブス時代の〈ルイ・ヴィトン〉で経験を積み、1998年に自身のブランドをスタートしました。この風変わりな一着は、現在の作風とは少し異なり、タグなどから初期の作品だと推測できます。
カンガルーポケットがそのままベストになったようなアイテムで、リブの中に手を入れるとフリース素材の裏地がとても心地よい。細部にバストダーツがとられていたり、中綿で自然なボリューム感を出したりと、機能性、デザイン性ともに優秀。凝った作りから、デザイナーの初期衝動とパッションが感じられ、人間味あふれるデザイン性に心惹かれます。性別問わず、いろんな服に合わせることができる点も現代的。クラブでポケットに手を忍ばせながら音楽に集中したい、そんなシチュエーションにぴったりですよね。