巨大なきのこのオブジェ、ピンクに染まった木々。パリのグラン・パレに出現したのは、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような幻想的な森だ。ファンタジーに満ちたその風景の中で、アーティスティック ディレクターのマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)が手がける〈シャネル/CHANEL〉2026年春夏 オートクチュール コレクションが発表された。ショーノートに添えられていたのは、「きのこにとまる鳥 刹那の美しさに触れ 遥か遠くへと飛び立つ」という詠み人知らずの俳句。少し羽を休めては飛び去ってしまう鳥の姿に、クチュールが宿す刹那の美を重ね合わせ、繊細で儚い世界を描き出した。
〈シャネル〉新時代のクチュール──羽ばたく鳥のような刹那の美
おとぎ話の森で披露された、マチュー・ブレイジー初のオートクチュール

ブレイジーは、「シャネルらしさとは何か」というメゾンの本質を見つめ直すことからスタートしたという。オープニングを飾ったのは、ニュートラルカラーのシルクモスリンで仕立てたシャネルのスーツ。透明なレイヤーが重なり合うシルエットは、創業者ガブリエル・シャネルが築いたスタイルを、現代的でフレッシュな佇まいへと更新している。
注目すべきは、ブレイジーが得意とするトロンプルイユ(騙し絵)の技法だ。アイコニックなツイードジャケットやスカートは、繊細な刺繍によって表現され、見る者を驚かせる。彼がこれまで異素材で挑んできたジーンズもまた、極薄のシルクモスリンで軽やかに再解釈された。
物語が中盤に差し掛かると、女性たちは色とりどりの鳥へと姿を変えていく。リトル ブラック ドレスの袖は自由を求める翼のように広がり、柔らかな輪郭のペプラムや、フリンジをあしらったスカートの裾は尾羽のように揺れる。刺繍とツイードの〈ルサージュ〉、金細工の〈ゴッサンス〉、羽根・花細工の〈ルマリエ〉といった「le19M(ル ディズヌフエム)」のメゾンダールによる卓越した技巧が、生命力に満ちた羽根の表情を多彩に描き出している。
装いを完成させるアクセサリーもまた、詩的なユーモアと職人技の結晶だ。チェーンに至るまでシルクモスリンで仕立てられたキルティングバッグには、刺繍によるラブレターがそっと添えられている。重厚感のあるジュエリーは、クリスタルとビーズの刺繍によって立体的に形づくられ、光を受けて静かに輝く。鳥のモチーフも、品格の中にさりげない愛らしさをもたらしていた。シルクモスリンのドレスやトップスから透けるランジェリーもまた、軽やかなシアー素材で可憐な刺繍が施され、さりげなくセンシュアルな存在感を放つ。
バイカラーのスリングバック シューズは、シャープな弧を描きながら、モノトーンやベージュの定番色から、レッドやブルーといった鮮やかな色調までが揃い、なかでも“きのこ”を模したヒールが、遊び心あふれるアクセントとして視線を集めていた。
一見するとシンプル。しかし、近づくほどにディテールの豊かさが浮かび上がる。創業者が遺した名言「ラグジュアリーは快適であること。そうでなければ、ラグジュアリーではない(Luxury must be comfortable, otherwise it is not luxury.)」という哲学が思い起こされる。オートクチュールは視覚的な豪華さに意識が向きがちだが、ブレイジーが示したのは、卓越した技巧と軽やかな快適さを両立させた、新たなアプローチだった。
メゾンのコードを丁寧に受け継ぎながら、オートクチュールが本来持つ"刹那の美しさ"に焦点を当てたブレイジー。そのクリエイションは日常の感覚と地続きにありながら、夢を見せてくれるファンタジーでもある。その姿勢が、新しい顧客層に向けて静かに扉を開き、メゾンの未来へと視線をつないでいくだろう。
会場を満たしていたのは、幸福感にあふれたムード。思わず笑みがこぼれるような遊び心が、穏やかな高揚をもたらしていた。その空気こそが、このコレクションの確かな余韻として残った。
「オートクチュールは、シャネルの真髄そのもの。メゾンのエッセンスがちりばめられ、あらゆる表現が昇華されています。デザイナーの想いが込められた作品であると同時に、纏う人自身の物語でもあります」とブレイジーは語る。


会場には、シャネルのアンバサダーを務めるニコール・キッドマンやエイサップ・ロッキーをはじめ、マーガレット・クアリー、デュア・リパ、グレイシー・エイブラムス、オニール八菜ら、豪華な顔ぶれが集結し、ブレイジーによる初のオートクチュールを見届けた。
印象的だったのは、スタイルの異なるゲストたちが、それぞれの感性で〈シャネル〉を纏っていたこと。多様な個性を受け入れるその光景は、ブレイジーが今季掲げた「纏う人自身の物語」というメッセージと、自然に響き合っていた。
Photo_(c) CHANEL Text_Mami Osugi








































