初めてディルを強烈に意識したのは、じつはタイとベトナムだった。
針より細くて長い緑がスープに散らしてあったり、揚げた魚に添えてあったり、白身魚に添えてあるのをライスペーパーで巻いて食べたり。シダに似た、ふさふさの扇を連想させる繊細な緑の名前はディル。ベトナム語ではティーラーです、と土地のひとに教わった。刻んだディル入りのオムレツもベトナムの家庭料理なんですよ、とも。
タイでもたくさんのハーブを使うけれど、ベトナムでのハーブの存在感と種類の多さには目を見張る。レモングラス、ミント、バジル、しそ、どくだみやライム、ロットの葉……ハーブという総称はとかくお洒落に響きがちだけれど、ベトナムでは野生の緑とふだんの食卓がぴったり密着していることに驚かされ、市場でも食卓でも感動してばかりだった。
私にとって、ディルとの距離がぐんと縮まったのは東南アジアだったけれど、いっぽう北欧でもディルはごく身近な存在だ。ことにスウェーデンでは、スモークサーモンや酢漬けのニシンには絶対欠かせないし、魚のスープ、ピクルスにもお約束。仔牛や子羊肉のクリーム煮込み、その名も「ディルショット」には刻んだディルがどっさり入っていなければ始まらず、その守備範囲はとても広い。
ディルはセリ科の一年草、または二年草(姿も風味もそっくりのフェンネルは、同じセリ科の多年草)。ディルが入るだけで、がらりと風味が軽やかになる。すーっといい風が通って爽快、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐるのだが、押しつけがましさがないのが素敵なところ。名前の由来〝なだめる〟にちなんで〝癒やし系のハーブ〟と呼ばれているのにも納得する。
デパートなどのハーブコーナーに並んでいる。ディルがあれば料理の風味と香りにがらりと変化がつくので、定期的に買うようにしている。ディルとミントは、手軽なのに、はっとする展開とメリハリを料理に与えてくれるマジシャンだから夢中にさせられる。
その魔法を、とても手軽に味わえるシンプルな料理をふたつ紹介します。
【ディルのポテトサラダ】
ゆでたじゃがいもを好みの大きさに切り、温かいうちに塩とオリーブオイルを加えて混ぜ、粗熱が冷めたら刻んだディルをたっぷりかける。
【ディルときゅうりのヨーグルトソース】
ヨーグルトを数時間水切りし、刻んだディル、四角く切ったきゅうり、塩を入れて和える。ソテーした鶏肉や豚肉、白身魚に添えたり、パンケーキやサラダのドレッシング代わりにも。
私は、白身魚に小麦粉を薄くはたいたのをオリーブオイルで焼き、刻んだディルとナッツをたっぷり振りかけるのも好きです。冷やした白ワインのおいしいこと!清潔で楚々としたディルの香りは、好みを超越している気がするのですが、ぜひ確かめてみてください。