映像や舞台、コミカルなものからシリアスな役どころまで、魅力的に演じる多部未華子さん。夏のドラマ、『私の家政夫ナギサさん』のメイちゃん役も話題になったばかり。
そんな多部さんの最新出演映画は『空に住む』。青山真治監督の7年ぶりの新作ということでも注目を浴びている。主人公・直実は両親を亡くした後、叔父のはからいにより、愛猫ハルとふたりでタワーマンションの高層階に暮らすことになる。都会に住む、どこか満たされない、たゆたう人々を繊細なタッチで描いた物語。多部さんは、直実の揺れ動く心の内を丁寧に演じていた。本作について、また俳優業について自由に語ってもらった。
多部未華子、身一つで挑む勇気。役がつかめなくても「まずは自分なりにやってみます」
──『空に住む』で多部さんは、仕事にも恋にもどこか消極的な主人公・直実を演じられています。彼女のことはどんなふうに思っていましたか?
本心がどこにあるのかわからない。ふわふわしていて、人との距離の置き方など、すべてにおいて、よくもわるくもつかみどころのないキャラクターだなと思っていました。
──劇中でも「雲のような女の子」と言われ、感情が表に出ないタイプでしたね。どのように表現しようと思われたのですか?
現場に身を置きながら、こういう感じかな?と手探りで作り上げた感じです。脚本を読んだだけではわからない部分もあったのですが、そのまま撮影に入りました。でも、もともと直実はつかみどころのない女の子ですし、哲学的なセリフも多い。感情の波を意識して明確に作らないほうがいいんじゃないか、と途中から考えるようになりました。そうキャラクターを捉えてからは気持ちが楽に。青山監督がOKと言ってくださっているのだから大丈夫、と思いながら演じていました。
──本作では、直実以外にも、タワーマンションに住む叔母で、専業主婦の明日子(美村里江)、直実が働く出版社の後輩で妊婦の愛子(岸井ゆきの)など、三者三様の女性の生き方も描かれていましたね。
明るくて順風満帆に見えるけれど、人知れず悩みを持つ明日子さん。強く生きていくと言い張っているけれど誰よりも脆い愛子ちゃん。完成した作品を観て、各々の生き方を100%理解できるものではないけれど、それぞれの気持ちには伝わってくるものがありました。“他人には決して見えない部分”というのは、誰しもが持っているものじゃないかなと思います。
──直実と後輩の愛子とのシーンは、とても楽しく拝見しました。多部さんと岸井さんは初共演だそうですが、実際のお二人もこんな仲の良さじゃないかと想像してしまうくらい。
岸井さんは以前から好きな女優さんだったので、今回の共演を楽しみにしていました。二人きりのシーンが多くて、現場でも岸井さんのお芝居を見ながら、魅力的だなと。撮影以外も楽しかったのですが、本当にたわいもないことしか話していなくて、内容はほとんど記憶にないんです(笑)。
──俳優のお仕事についても伺いたいのですが、デビューしてから18年。役への向き合い方は変わりましたか?
(明るくきっぱりと)あまり変わらないですね。
──多部さんは「わからない」とか「なぜこうするのですか?」など、演出家に逐一質問をせず、とりあえずやってみるタイプだと、舞台の共演者の方が以前おっしゃっていました。わからないままやるというのは、結構勇気がいることなのではないかと思うのですが。
そうですね。どの現場でも、まずは自分なりにやってみます。疑問に思うことはありますが、あまり質問はしません。それは、わからないことがあってもいいと思っているからだと思います。そもそも、私が近づけないような、ものすごい頭脳をお持ちの方が書いた作品について尋ねたところで、100%理解できるはずがない。演出家さんや監督がこうしたい、というものに乗れたらそれが正解なんじゃないかと思いながらやっています。
──長く続けていると、撮影現場で緊張することはもうありませんか?
いえ、緊張しますよ(笑)。ところどころ緊張しているのですが、それが人にはあまり伝わらないみたいなんです。そういうところもデビュー当時から変わりません。実は緊張してるんだけどな、と内心思っていることがよくあります(笑)。
──『空に住む』で直実は、同じタワーマンションに住む若手俳優・時戸森則(岩田剛典)に出会います。彼は誰もが憧れるスターという役柄ですが、多部さんにとってスターはどなたですか?
ええー!?誰だろう……。誰かいますか?
──……レオナルド・ディカプリオとか?(笑)
ディカプリオ!?たしかにスターですね(笑)。誰かな(何かを夢想するように、嬉しそうにしばらく考える)。私、人生のなかで、誰かに熱中するとか、アイドルのポスターを部屋に貼るとか、その人の番組をすべて観るとか、そういうことを一切してこなかったんです。それがちょっと悩みで。憧れの存在が欲しいです(笑)。あえて言えば、クリント・イーストウッド。イーストウッド監督の映画は大好きですね。
──近年では『私の家政夫ナギサさん』や『これは経費で落ちません!』など、仕事に前向きな頑張る女性を演じることが続いています。お芝居を通して、働く女性にエールを送っていらっしゃる印象です。
そう言っていただけるのはとてもありがたいです。でも、私自身は純粋に「面白い作品を作りたい」というだけなんです。なので、自分の役柄についてよりも、作品全体について「面白かった」など、感想を言っていただくことのほうが嬉しかったりします。
──それで言うと『空に住む』は、それぞれに生き方を模索する女性たちが描かれているので、作品全体から振り返って自分の人生を考えさせられそうですね。
そうですね。この映画は群像劇だと思っています。登場人物の誰かのどこか一部分でも、観てくださる方の心に引っかかったらいいなと思います。
──2020年は新型コロナで社会が大きく変わってしまいました。仕事への思いなど、変化はありましたか?
私個人はそれほど変わっていないのですが、周囲には演劇関係の方がたくさんいらっしゃるので、表現の場が窮屈になるのは寂しいなと思っていました。でも先日、自粛期間が明けてから初めて、久しぶりに劇場に舞台を観に行ったんです。客席は1つおきでしたが満席で、みなさんがものすごく集中して観ている空気が伝わってきて、その熱量に感動してしまって。お芝居ももちろん面白かったのですが、「演劇を求めている人がこんなにいるんじゃない!」と劇場の空気に胸が熱くなりました。感染予防をしながらのお芝居は、制約も多くて大変だと思うのですが、これほど熱を感じられる状況の中で舞台に立てるのは、とても羨ましかったです。
──最後に。生まれ変わっても女優になりたいですか?
そうですね、次は違うものがいいですね(笑)。何になりたいだろう?……パソコンに向かう仕事は、生まれ変わってもその能力は持てない気がするので(笑)、専業主婦になりたいです。主婦のお仕事は本当に大変、とても尊敬します。マメで器用な人に生まれ変わって、スーパー専業主婦になれたら、楽しそうじゃないですか?
『空に住む』
監督・脚本:青山真治
原作:小竹正人『空に住む』(講談社)
脚本:池田千尋
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典
配給:アスミック・エース
10月23日公開
©️2020 HIGH BROW CINEMA
soranisumu.jp
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多部未華子
1989年1月25日、東京都生まれ。02年に女優デビュー。16歳のときに出演した映画『HINOKIO』『青空のゆくえ』でブルーリボン賞新人賞を受賞。09年にはNHK連続テレビ小説『つばさ』のヒロインを務め、全国的な人気に。10年には舞台『農業少女』で読売演劇大賞女優賞・杉村春子賞、エランドール賞新人賞などを受賞。近年の主な出演作に、映画『あやしい彼女』(16)、『日日是好日』(18)、『アイネクライネナハトムジーク』(19)、ドラマ『これは経費で落ちません!』(19 NHK)、『私の家政夫ナギサさん』(20 TBS)、舞台『ニンゲン御破算』、『出口なし』、ミュージカル『TOPHAT』(すべて18)、舞台『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』(19)など。