映画『火口のふたり』(19)で元恋人との情事にふける女性を体当たりで演じ、今年はドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』での小悪魔的な魅力のある女優役で話題をさらった瀧内公美さん。新作映画『由宇子の天秤』では、究極の選択を迫られるドキュメンタリーディレクター役で主演を務めています。骨太な映画から人気のドラマまで、どんな作品でも存在感が光る実力派。瀧内さんはどのように、役者としてのキャリアを積み重ねてきたのでしょうか。
映画『由宇子の天秤』瀧内公美インタビュー。どんな仕事をしたいかは「自分が一番わかっているはず」

──『由宇子の天秤』は、春本雄二郎監督の長編第2作です。瀧内さんは監督のデビュー作『かぞくへ』(16)を観て、「次回作にぜひ私を!」とご自分から申し出たそうですね?
そうなんです。役者としての幅を広げたかったというのがありまして。ミニシアターだったり、ぴあフィルムフェスティバルだったり、新しい監督が世に出てくる場所へ行って、一緒に組んだ時に新たなステージに行ける方がいないか探していました。それに、いろんな価値観にも出合いたくて。そんな時に『かぞくへ』を観たんです。春本監督の作品には、“人間”が映し出される。脚本がシンプルで力強く、また監督ご自身の映画知識も半端じゃない。ご一緒したら、自分の中で化学反応が起こるんじゃないかと期待しました。
──『かぞくへ』は、家族の温もりを知らずに生きてきた男性が主人公の作品ですね。養護施設で共に育った親友と、認知症が進む祖母のために結婚式を急ぐ婚約者の間に立たされ、苦悩する姿が描かれています。
『かぞくへ』が上映されていた当時、春本監督は連日、映画館に足を運んでいらして、ロビーでお客様をお出迎えされていたんです。映画を観終わったあとにお声がけしようかと思ったのですが、その日はそうせず、もう一度観に行くことにしまして(笑)。その2回目で、勇気を出して監督のところにまで押しかけました。「ぜひ次回作に出たいです」という気持ちを込めて、自分のポートフォリオと、2017年に主演した映画『彼女の人生は間違いじゃない』のDVDをお渡ししたんです。
──アポなしで直接、出演交渉したんですね!
そうですね。どんな作品に出演してみたいかって、自分が一番わかっているはずじゃないかなって。もちろん直談判ばかりではなくて、ワークショップに参加したりオーディションを受けたりすることもあります。
──念願叶って『由宇子の天秤』で、瀧内さんはジャーナリストの主人公・由宇子を演じています。女子高生いじめ自殺事件の真相を追っていた由宇子ですが、学習塾を経営する父からのある告白をきっかけに、「正義」を貫くべきか、大切な家族を守るべきか、自分自身が究極の選択を迫られていきます。どのように役作りをしましたか?
今回は、取材とリハーサルが主でした。ドキュメンタリーディレクターの役ということで、監督が脚本をお書きになる上で取材なさっていた方をご紹介いただいたんです。本もネットも頼れるツールですが、生身の人間に会うのは、よくも悪くも受ける影響が大いにありましたね。それから監督が「由宇子は僕自身でもある」とおっしゃっていたので、コミュニケーションをとる中で、さりげなくインタビューみたいなことをしちゃったり(笑)。並行してリハーサルを重ねながら、由宇子という役の輪郭が見えてきたという感覚です。
──実際に参加した春本組はどうでしたか?
由宇子はこれまで演じてきたどのキャラクターとも違っていて、完成した作品を観た時に「私、頑張ってここに立ってるなぁ」って。(精神的に)ギリギリな顔をしていました。オファーをいただく時は概ね、過去の出演作で演じたのと似ているキャラクターが多かったりするんですが、やっぱりいろんな役を演りたい。チャレンジできる場所を模索し続けている中で、幸運にも春本監督に出会えた。この組のスタッフやキャストの皆さんとの出会いも、かけがえのないものになりました。個性豊かな方たちに恵まれましたね。
──「私、頑張ってここに立ってるなぁ」と感じたというのは?
タイトル通り、由宇子は天秤のように揺らぎ続ける役です。ただ、春本監督からは「(内面に)抱えている揺らぎの強さをそのまま出さないでください」と言われていたんですね。だから私は、揺らいでいるさまをわかりやすく演じてみせることはせず、揺らぎを溜めに溜めて、溜め込んで。物語の解釈は、映画を観てくださる方々に委ねたつもりです。答えは一つじゃないかもしれない。むしろそういうことでもないとも思える。だからこそ、お一人お一人が問い続けてほしい。そんな思いをしっかりと画面に映し出せたんじゃないかなと思っています。
──答えは一つじゃないかもしれない。観た一人一人が問い続けてほしい、と。瀧内さんは、表現者として発信する側にいることに自覚的なんですね。
そうかもしれないですね。割と表現にのめり込むよりも俯瞰しながら、求められていることを探すほうが多いかもしれない。と言いつつも、そこ(発信すること)に使命を一番感じていらっしゃるのは監督だと思います。俳優として、監督の思いに寄り添える人間でありたいとは思いますけれども。
──今回の由宇子はもちろん、『彼女の人生は間違いじゃない』のみゆきなど、過酷な状況に置かれ、悩みもがきながら生きる役を演じてきたと思いますが、役がプライベートに影響を及ぼすことはありますか?
うーん、私個人の中に役が入り込んでくるということはないですね。ただ、撮影期間中は“役として立っていること”について意識はしています。それに、役ごとにいろいろ勉強させてもらっているので、そうして得た知識が自分の血肉となり、人として成長させてもらっている実感があります。
──では、撮影期間が終われば自然と気持ちが切り替わるという感じですか?
そうなのかなぁ。あ、でも1日単位で言えば、お腹がすくと全然集中できなくなって、役から素に戻ってしまうんですよね。なので、現場では常に何か食べてます(笑)。
『由宇子の天秤』
3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子は、テレビ局の方針と対立を繰返しながらも事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父から思いもよらぬ“衝撃の事実”を聞かされる。大切なものを守りたい、しかしそれは同時に自分の「正義」を揺るがすことになる——。果たして「“正しさ”とは何なのか?」。常に真実を明らかにしたいという信念に突き動かされてきた由宇子は、究極の選択を迫られる……ドキュメンタリーディレクターとしての自分と、一人の人間としての自分。その狭間で激しく揺れ動き、迷い苦しみながらもドキュメンタリーを世に送り出すべく突き進む由宇子。彼女を最後に待ち受けていたものとは——?
監督・脚本・編集: 春本雄二郎
プロデューサー: 春本雄二郎、松島哲也、片渕須直
出演: 瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子、光石研
配給: ビターズ・エンド
2020/日本/153分/カラー/5.1ch/1:2.35/DCP
9月17日(金)渋谷ユーロスペース他全国順次ロードショー
©2020 映画工房春組 合同会社
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瀧内公美
1989年生まれ、富山県出身。内田英治監督『グレイトフルデッド』(14)にて映画初主演。石井岳龍監督『ソレダケ that’s it』(15)、白石和彌監督『日本で一番悪い奴ら』(16)など気鋭の監督作品を経て、2017年、廣木隆一監督『彼女の人生は間違いじゃない』に主演。日本映画プロフェッショナル大賞新人女優賞、全国映連賞女優賞を受賞。2019年には荒井晴彦監督『火口のふたり』でキネマ旬報主演女優賞、ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞、その演技を高く評価される。ほか主な出演作に武正晴監督『アンダードッグ』(20)、ドラマ『凪のお暇』(19/TBS)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(21/KTV)など。来春、マーク・ギル監督『Ravens(原題)』のクランクインを控えている。
Photo: Yuka Uesawa Hair&Makeup: Junko Kobayashi (AVGVST) Text: Maho Ise Edit: Milli Kawaguchi