4月20日にメジャー2ndフルアルバム『our hope』をリリースした羊文学。2021年は、テレビアニメ『平家物語』のオープニングテーマ曲「光るとき」、アニメ映画『岬のマヨイガ』の主題歌「マヨイガ」と、映像作品にあわせた書き下ろし楽曲の制作に挑んだ。「FUJI ROCK FESTIVAL ’21」へも出演するなど、活躍の場を広げながら躍進する、塩塚モエカ(ヴォーカル、ギター)、河西ゆりか(ベース)、フクダヒロア(ドラム)の3人に、渾身の新作について話を聞いた。
羊文学ニューアルバム『our hope』インタビュー「自分たちでどこまで行けるかを突き止めてみたら、想像よりもいいものができた」

──早速ですが、ニューアルバム『our hope』はみなさんにとって、どんな一枚になりましたか?
河西ゆりか(以下、河西) 今回、初めてプリプロ合宿をしたんです。制作期間はライブの予定も入れずにアルバムのことだけを考えていたので、妥協せずに作れたと思います。やってみたいことにもトライしたり。
──やってみたいこと、というのは……
河西 わかりやすいものだと「OOPARTS」でシンセサイザーを入れたところですかね。アルバム全体としては、何回も構成を確認して、ひと通り聞いては曲順を入れ替えて、ということを繰り返し行いました。
──合宿はどれくらいの期間だったのでしょう?
塩塚モエカ(以下、塩塚) プリプロでアレンジを固める作業は1週間ですね。ただ、私はその前に歌詞を書いたり、曲の準備をしていました。今までは弾き語りを録音して、2人に渡していたんですけれど、今回は簡単なデモを一度家で作ってみたり。合宿が終わった後のレコーディングには、1ヶ月くらいかけました。曲自体は昨年書いたものもあるのですが、アルバムを作るのには2ヶ月ちょっとかかったのかな。
──2ヶ月で制作と伺うとあっという間に聞こえますね。
塩塚 4曲はすでにできあがったものがありつつも、それでもアレンジはまだできていない状態から2ヶ月なので、短いかもしれないですね。いつかは何年かかけてアルバム1枚を作る、っていうこともしてみたいです。
実は、3曲目の「パーティーはすぐそこ」と「OOPARTS」は、今までと違うアレンジをしたい気持ちがあったんです。2021年8月に『you love』をリリースしたときに、蓮沼執太フィルさんとのコラボレーションを通して、誰かと一緒に作ることへの興味がより一層高まって。外部のプロデューサーさんやアレンジャーさんを呼んでもっと新しい挑戦をしたいと思っていたのですが、今回はスケジュールの関係で叶わなかったんですよね。ただ、その思いは強くあったから、”自分たちでどこまで行けるか”っていうことを突き止められて、想像よりもとてもいいものが仕上がった。自分たちだけでもこれだけできるんだ、っていうチャレンジ、経験をすることができたのはすごくよかったな、と思っています。
──その挑戦のひとつが、先ほど河西さんが挙げていた「OOPARTS」のシンセサイザーになるのでしょうか。
塩塚 これまで、3人で鳴らせるものを鳴らすことにこだわってきたんですけれど、シンセサイザーを買ったから、せっかくだし使いたいって軽いノリで取り入れてみたんです。以前「くるり」の岸田繁さんが「シンセを買ったから、それで曲を作ってみた」とおっしゃっている記事を見かけて。「そんなノリでいいんだ! 私も挑戦してみよう」って感じたんです。
河西 「OOPARTS」のデモだけ、シンセで録ったものが送られてきたんですよね。だからこの曲はそれがぴったりだなってずっと考えていたんです。でも、その後にシンセ無し・バンドだけのアレンジも試してみると、両方いいねってなったのでかなり悩みました…。どうにかできないかな、って話していたら、プロデューサーの吉田仁さんが「合体してみたらいいんじゃない?」と案を出してくれて。合わせてみたら、羊文学のバンドらしさもあるし、シンセサイザーのよさも出ているし、新しいのができたなあ、と。
──5月から始まるツアーの名前も「OOPARTS」です。どのような想いがあるのでしょうか。
塩塚 ちょうどこのアルバムのレコーディングをしている最中に、ツアータイトルどうする?っていう話になったんです。そもそも、アルバム名『our hope』に「平和な世界があったらいいな」っていう気持ちを込めていて。なかでも、「OOPARTS」は平和はどこにあるんだろう、と考えながら作ったこともあって、アルバムの中で大切な曲になるだろうなと3人とも捉えていて。自然と決まりました。
──気持ちが通じ合っていたんですね。新たな挑戦があったなかで、フクダさんはいかがでしたか?
フクダヒロア(以下、フクダ) メジャー1stアルバム『POWERS』は祈りや守りをテーマにしていたのですけれど、今回は現実的で都会的な印象の楽曲が多くて。挑戦という意味でも、初めてドラムのサウンドイメージをプロデュースしてくれるドラムテックさんに入ってもらってチューニングをお願いしました。そうしたら、これまでとは全く異なりました。
今までは自分の感覚でやっていたのですが、テックさんにイメージを共有して、スネアのサスティーンの長さやバスドラなどを調整してもらったら、音の抜けがよくなったんです。「パーティーはすぐそこ」に関しても、スタジオで作っているときはインディーポップのような印象だったんですが、テックさんに整えてもらったら全体で聴いたときにスネアがポンッっと抜けるように響いて、音に広がりが生まれました。J-POP感あるサウンドになったんじゃないかな。今回、より多くの人に耳にしてもらうことも意識しながら制作を進めていたんですが、アルバム1枚通して、とても聴きやすいものになったと思います。
──「より多くの人に聴いてもらう」とフクダさんがおっしゃっていますが、そこへたどり着いたのは?
塩塚 そもそもテーマが2つありました。ひとつは、フクダも言っていたように「多くの人に聴いてもらう」。メジャーでやっている中で、テレビに出演させていただく機会も増えて。自分たちの世界が広くなってきたので、より多くの人に聴いてもらうことを軸にやっていこう、と昨年から考えていたんです。なので、このアルバムもそれを意識して作りました。もうひとつは結果論ではあるのですが、“2都会的”がテーマになっています。私の地元は東京の西側で、緑の多いところなんですけど、2020年に一人暮らしを始めて、昨年3月まで新宿に住んでいたんです。緑の多い地元とは違って、ドアを出ればすぐに人がいる。新宿はかなり現実的な場所だなと感じました。そんな日々の中で作った曲を並べてみたら、生活の変化が大きく滲み出ているな、と思いまして。「今回は新宿で暮らした私の曲だよ」と二人には伝えました。
──たしかに音楽を聴いていると、都会の景色が浮かんでくるようです。曲作りはどんなタイミングで行っているのでしょう?
塩塚 今回は、アルバムのリリース時期が決まっていたのと、映像作品に向けた曲がすでに4曲あったので、全体の構成を考えながら、作業する日を決めて作ったかな。でも、1曲目の「hopi」は大阪のライブへ向かう途中のハイエース内(!)で作ったり、12曲目の「予感」は、2021年12月に横浜と大阪のビルボードでのライブで披露するためにスタジオで作ったり、色々でしたね。
──それぞれ主題歌となった「光るとき」や「マヨイガ」の制作は?
塩塚 難しかったです。映像作品が広まっていくための一部だから、「ポップにしなくちゃいけないのかな」とか「たくさん聴かれるものにしないといけないのかな」って考えすぎてしまって。そうなると、”あなたたちらしくない”ってNGになったり、「今こんなことに挑戦したいんです!」って提案をするとポップさが足りなくなったり。だから、自分の作る曲を俯瞰で見ながら、ポップさや聴きやすさも加えていかなければいけない、っていうのが結構大変で。それでも、すごく勉強になりました。
フクダ 演奏面でも意識してすることが増えましたね。「光るとき」はテレビアニメ『平家物語』の主題歌だったので、歴史的な作品に合うようなドラムのフレーズというか。タンバリンのリバーブを深くかけたり、戦をイメージしてハイタムを叩きました。「マヨイガ」では、アニメ映画『岬のマヨイガ』のテーマを意図して包容力や強さを表現するために、イントロのハイハットを粒で揃えたり、サビのところでルームっぽく展開をしてみたり。
──曲作りは台本を読みながら……?
塩塚 「光るとき」は台本と音声のない1話の映像を見ながら。「マヨイガ」の映像は特報でしたね。
──特報から!
塩塚 そうです。短い映像ではあるんですけど、すでに宮内優里さんの劇伴が入っている状態だったので、その後にくるならどんな曲がいいかなっていうのを考えながら作りました。
──「ラッキー」「マヨイガ」「光るとき」「ワンダー」と、すでにできあがったものが4曲ある上で、それを含めて1つのアルバムへと制作していくことに対する難しさは感じましたか。
塩塚 4曲先に録っているので、全体像が見やすかったですね。先にできている曲は、派手な感じで作っているので、それ以外は控えめに作ってみるというか。「予感」など、演奏自体がシンプルなものを入れたり。事前にレコーディングをしているから、残りの曲にパワーを注げるのはよかったです。それでも最初にこの曲は入れなくてはいけない、っていうのがあると、やりたいことだけでは動けなくなってしまう部分もあって。暗い曲もいくつか書いていたのですが、このアルバムには合わないから今回は控えて、いつか出そうってあたためてます。
──河西さん、フクダさんはどのように音を作っていくのですか?
河西 塩塚さんからデモを送ってもらって、とりあえずスタジオで演奏してみることから始まります。具体的なイメージを伝えてくれる曲もあるのですが、それもスタジオでフワッと伝えてくれる感じですね。
フクダ まずはじめは感覚で。想像してやってますね。
塩塚 デモを送った時点で細かく言わなくても、会ったタイミングで確認すると「それそれ」ってなるんです。ちょっと違うな、ってときでも同じ景色が見えてくると嬉しいですね。それによって演奏の雰囲気が変わるんです。
──自然と感覚が共有されているんですね。普段はどのようなコミュニケーションを?
塩塚 普段は私がバーって喋って二人が答えてくれる、みたいな感じですね(笑)。スタジオに入るのは、週1回くらいですかね。たくさん入る時もあるし、2週間空くこともあります。
──そう考えると、3人でまとまった期間合宿をしたのは大きな出来事でしたか。
塩塚 そうですね。練習用のスタジオとレコーディング用のスタジオって違うんですよ。今までは練習用のスタジオでぐちゃっとやって、全体的にOKみたいな(笑)。もちろん、プリプロも録ってはいたんですけど、どちらかというと練習用のスタジオがメイン。今回はレコーディング用のスタジオにちゃんと入って、みんなで譜面を見ながら録った音源を聴きました。「このパートをもうちょっと盛り上げてほしい」とか「ちょっと音が足りない」などを客観視できたのは、アレンジを凝らすことにつながったかな。
──先ほど、塩塚さんは引っ越されて気持ちの変化があったとおっしゃっていましたが、河西さん、フクダさんはデビューからの1年半で感じた変化は?
河西 多くの人に聴いてもらいたい、って思うようになりました。それは「光るとき」「マヨイガ」を経験したことも影響している気がします。今までとは違って、なにか別の作品や人の要素が入ってくると自分たちにも変化が起こるので、そこで見える景色や目指すものが変わった感じはありました。
フクダ 地方のライブの遠征が増えましたね。昨年出演した「FUJI ROCK FESTIVAL ’21」は、2016年の「ROOKIE A GO-GO」ステージぶりでした。バンドをやるうえで、フジロックは一つの目標だったので、個人的にすごい光栄なことでした。ライブも、デビューしてからさらに会場が少しずつ大きくなっていっている気がします。出演したライブで昔から好きだった「くるり」の岸田さんと初めてお話しさせていただいたり、大阪のライブでは「ナンバーガール」の田淵尚子さんと共演させていただいたり。自分が影響を受けてきたアーティストの方々と共演できたのは、すごい刺激的な出来事でした。
──有観客でのライブ開催が戻りつつありますが、お客さんの前で演奏するということは改めていかがでしょう。
塩塚 楽しいですね。もちろん緊張もするんですけど、お客さんの雰囲気でその日の演奏は大きく変わるんだなって自分でも再認識して。5〜6月のツアーでは、お客さんの反応に影響されて自分たちがどんなライブをするのかな、というのも楽しみです。
──ライブの規模が大きくなって、お客さんの雰囲気は?
塩塚 今までは私たちのことを好きでライブに来てくださる方が多かったんですけれど、フェスに参加すると、ちょっと見てみようかっていうノリの人も増えて。ライブで手を突き上げたりするのも、そういう雰囲気のバンドさんがいるイベントだとやってくださる方がいて「こっちにも来てくれたんだ!」って嬉しくなりますね。
自分たちのライブでは、お客さんが自由に楽しめる環境を作りたいなと思っています。立ってても座ってても、手をあげてもいい。ステージ上からは、表情も動きも結構見えるんですよ。
──ライブは各々が自由に楽しんでいるのが一番ですよね。ツアーに向けて、準備されていることはありますか?
塩塚 照明さんや美術さんと一緒に演出も考えてます。
河西 セットリストも仮で作りました。新しい曲が多いので、5月に入ったらずっとリハーサルかな(笑)。
フクダ 初めて羊文学を聴く方もいるんじゃないかなと思っていて。自分が影響を受けてきたシューゲイザーやUSインディーなどのサウンドを聴いたことがない人でも、僕たちの音楽を通じていいなって知ってもらえたら嬉しいです。ライブならではの音をリハーサルで考えつつ、本番に向けて調整していこうと思っています。
塩塚 衣装も新しく作っているんです!1年に1着、〈malamute〉さんにお願いをしていて、今年で3年目。この前デザイン画が上がってきたんですよ。
──そうなんですね! 楽しみです。最後に、このアルバムのお気に入り曲を1曲ずつ、教えてください。
フクダ 僕は1曲目の「hopi」ですね。幕開けにふさわしい一曲。名前もアメリカの先住民「ホピ族」の「ホピ」からとって「平和の民」という意味なんです。サウンドのアプローチ方法に関しても、僕の好きなレーベル「4AD」のバンドたちの曲を意識して作りました。深いリバーブで浮遊感と陰影を表したり、ダークでドライなスネアサウンドを考えたり。バスドラも心臓の音をイメージしました。無機質で、僕の一番好きなジャンルのサウンドで制作できたんですよね。
──初めから1曲目として作った曲なんですか?
塩塚 そうですね、これは1曲目だ、って思って作りました。
河西 私は9曲目の「ワンダー」が好きです。メロディとかミュージカルっぽくてすごい。壮大で力強くて、リズムとかも今までとは違ったアプローチができた曲。私の中で新たな挑戦ができた曲です。
塩塚 私も韻を意識して歌詞を書いてみたり。最後のコーラスはユリカちゃんに託したよね! 1曲に絞るのは難しいけど、誰からも触れられない「パーティーはすぐそこ」がお気に入りかな。羊文学がこんな曲を演奏すれば人気出るんじゃないか、と意識してキュートな曲をいくつかやっているんですけど。思った以上に反響がない(笑)。でも頑なに推していきたいです! この曲は映画「ブックスマート」をイメージしながら書きました。歌詞も「パーティーに行くってようやく決めた」ってところからスタートするんです。多分人気はでない曲かもしれないですけど、サウンドも結構こだわっていて。一回できていたアレンジを崩して、メロディを取り替えたりとか。結果的にはロック要素も強くなったんですけど、推進力のなるようなサウンドというんですかね、きらびやかなものが録れるように全力投球したのでぜひ聴いて欲しいです!