高速道路のサービスエリアで、他人からお金を借りては踏み倒し、食いつないでいる家族。中古家具店を経営する夫婦と出会ったことで、予測不可能な方向へと運命が進んでいく、現在公開中の韓国映画『高速道路家族』。ホームレス一家の父役を演じたチョン・イルに、役者としての新境地に至った本作のことや、演技のインスピレーションについて話を聞いた。
映画『高速道路家族』チョン・イルにインタビュー。演技の感性を深める秘訣は「クラシカルなアートに触れること」
──今回のギウ役で、チョン・イルさんはこれまで演じてきたどの役とも違う、新しい一面を見せています。最初に脚本を読んだときの印象を教えてください。
商業映画でありながら、インディーズ映画のような色合いの作品だなと感じました。ギウは感情の動きがダイナミックで、ユニークな役です。役者であれば誰もが演じたくなると思いますが、同時に、引き受けるのが怖くもあったんです。難しい役なので、もしうまく演じきれなかったら、演技力が足りないと言われてしまうだろうなと……(笑)。
──妻と二人の子どもを連れて、高速道路のサービスエリアを転々とし、もう二度と会わないであろう他人から2万ウォン(*約2千円)を借りて食いつないでいるギウ。人をだますような方法で生きているわけですが、物語が進むうち、彼自身にも実は人からだまされた過去があると明らかになります。その複雑な内面をどう捉えていきましたか?
今言ってくれたとおり、ギウには加害者と被害者という二つの側面があります。初めて脚本を読んだときは、家族を無謀な暮らしに巻き込む自分勝手な父親のように感じました。だから、「ギウはなぜこうなったんだろう?」と疑問を持つところから始めたんです。彼はある濡れ衣を着せられ、社会から排除された存在で、一家は孤立して生きていくしかない。そう考えると、ギウにとってはこの生き方が最善なのだろうと腑に落ちました。
──序盤はどこかファンタジックに描かれ、サービスエリアでの暮らしをキャンプのように楽しむ一家の姿が印象的でした。駐車場に建てたテントの中で踊ったり、フードコートでささやかな食事を味わったり。
特に子どもたちにとっては、この暮らしが一種の遊びのように感じられたかもしれませんね。2万ウォンというのは、それを貸すことで人生が変わってしまうような大きなお金ではない。そう考えて、ギウはその額に決めたんでしょう。彼なりの、家族を守るためのベストな方法だったんだなと思います。
──ある日、すでにお金を借りたことのあるヨンソン(ラ・ミラン)と、別のサービスエリアで再会したことから、物語は大きく動き始めます。警察に捕まり、家族と離れ離れになったギウは、明るくひょうひょうとした姿から一転、秘めた心の傷をあらわにしていきます。
前半では家族と一緒にいられる幸せを、後半では家族と離れ、生きる理由を見失った孤独を表現しました。演技というのは往々にして、演じ手が役をちゃんと理解していないと、“演じるフリ”になってしまう。そうならないよう、ギウのことをよく分析しました。まず、精神科医の方に「彼は心にどんな痛みを持っていると考えられますか?」と意見を聞いて。その上で、イ・サンムン監督と「このシーンでなぜこういう行動をとるのか」と、1シーンずつ話し合いを積み重ねたんです。
──ギウが感情をコントロールできず暴走するシーンでは、優しく穏やかな雰囲気のチョン・イルさんが演じることで、より切迫した悲しみを感じました。
感情的な演技は計算ができないので、いつもその場に立ってみて、出てきた思いに身を任せます。自分でもどういうふうになるのか、やってみないと想像がつかないんですが、今回は監督が「脚本上で考えていたのよりずっとよかった」と言ってくれて、ほっとしました。
──イ・サンムン監督にとって、これが商業デビュー作ということに驚きました。今の社会を映し出す骨太の作品ですが、一番心に響いたことを教えてください。
高速道路はある意味、資本主義社会を象徴しています。韓国はかつての経済的に厳しい状況から急速に発展した国で、どうしても歪みが出てしまう。その一つが貧富の差です。監督は、それを間接的に表現したんだと思います。今回、僕も監督もホームレスの方たちに関するドキュメンタリーをたくさん観ました。今の社会には、実はこれだけ阻害された人たちがいる。その事実を、私たちはあまりにも知らないまま過ごしてきたんじゃないかと、自分自身も振り返るきっかけになりました。
──チョン・イルさんから監督にアイデアを出すこともあったそうですね。
そうですね。監督とはディテールまでこだわって話し合ったので、私が出したアイデアもあちこちに反映されています。たとえば、ギウがスーパーでヤケになり、購入前の商品を手当たり次第に飲み食いするシーン。もともとは果物を食べるのみでしたが、より追い詰められた感じが出るように、牛乳をボトボトこぼしながら飲むのはどうかと提案しました。あとは、冒頭で一家が一列になって道を歩いていくシーンで、オモチャのラッパを準備してもらい、私が先頭でそれを吹いたり。
──妻ジスク役のキム・スルギさんや二人の子役とは、撮影の1か月前から週1で集まって親交を深めたとのこと。どんな時間を過ごしたんですか?
子どもたちが好きな遊びをしたり、彼らが好きなものを食べたりしました。キム・スルギさんは勘のいい役者さんで、たとえそうやって事前に交流しなかったとしても、息の合う演技ができたと思います。前半の撮影はみんなと一緒で楽しかったですが、後半は一人で演じるシーンが続いたので、本当に寂しかったです(笑)。
──ところで、2月から3月にかけて、ヨーロッパへ行っていたそうですね。どんなふうに過ごしましたか?
もともと冬のパリが大好きで、よく寒い時期にヨーロッパへ行くんです。今回はミラノ・ファッションウィークに参加するのが目的で、プライベートも兼ねて、ミラノとパリに数日ずつ滞在しました。その間、本当に素敵な人たちと出会うことができ、ずっと仕事続きだった自分の心をほぐしてくれる、恵みの雨のような時間でした。
──SNSでよく好きなアートや音楽や本などを紹介している、文化系のチョン・イルさん。パリには有名な美術館がたくさんありますが、印象に残った展覧会はありますか?
子どもの頃から、海外旅行に行くたびに美術館を訪れるのが習慣で、今も自然と続けています。パリでは、オランジュリー美術館など各所で、モネの「睡蓮」シリーズをたくさん見ました。なぜか水に惹かれるたちなので、モネの絵からはとてもいいインスピレーションを受け、まるで心がとろけるようでした。それからオランジュリーでは、ちょうどマティスの1930年代の作品に焦点を当てた展覧会が開催中で。色使いが華やかで、線がソフトでありながら強烈な印象を受けました。
──モネもマティスも19世紀生まれの画家です。現代アートよりも、歴史ある作品に惹かれるんでしょうか?
クラシカルな作品には、時代を経て受け継がれてきたからこその深みを感じます。小説にしても音楽にしても、感情を描くタッチがより奥深く、役者として心を揺さぶられるんです。古典に触れることが、演技の助けにもなっているんじゃないかと思います。
『高速道路家族』
ギウとその家族は高速道路のサービスエリアを転々として、テントで寝泊まりしながら、他人に2万ウォンを借りて食いつないでいる。返金するつもりは一切なかったが、ある日、一度お金を借りたヨンソンと別のサービスエリアで再会。不審に思ったヨンソンは警察に通報し、ギウは逮捕される。ヨンソンは残されたギウの妻ジスクと子どもたちを放っておけず、家へ連れて帰り、何不自由ない生活を与える。やがてギウが家族を取り戻そうとやってくるが……。
監督・脚本: イ・サンムン
出演: チョン・イル、ラ・ミラン、キム・スルギ、ペク・ヒョンジン、ソ・イス、パク・ダオン
配給: AMGエンタテインメント
2022年/韓国/韓国語/5.1ch/英題:Highway Family/128分
シネマート新宿ほか全国にて順次公開中!
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Jung Il-woo
1987年生まれ、韓国・ソウル出身。2006年、ドラマ『思いっきりハイキック!』でデビューし、一躍スターダムに駆け上がる。その後、『美賊イルジメ伝』(08)、『太陽を抱く月』(12)、『シンデレラと4人の騎士』(16)などを経て、最近では『ポッサム ~愛と運命を盗んだ男~』(21)、『グッジョブ』(22)など、数多くの出演ドラマをヒットさせてきた。主演を務めた本作は2022年に韓国で公開され、4年ぶりのスクリーン復帰作となった。
Photo: Eri Morikawa Hair&Makeup: Naho Takatsuka Text: Tomoe Adachi Edit: Milli Kawaguchi