ゲイであることを理由に母親に捨てられ、16歳でホームレスになり、10年間を路上で過ごした経験を持つ映画監督、エレガンス・ブラットン。イラク戦争が長期化していた2005年、生きるために海兵隊へ志願し、滞在中に映像記録係を務めたのが、監督としてのキャリアのスタートだった。A24が製作する、エレガンスの実体験に基づく映画『インスペクション ここで生きる』で主人公エリス・フレンチを演じるのは、俳優、歌手として活動するジェレミー・ポープ。ドラマ『POSE/ポーズ』や『ハリウッド』に出演し、クィアであることを公言する彼に、本作への思いを聞いた。
『インスペクション ここで生きる』主演ジェレミー・ポープにインタビュー
黒人クィア男性の物語を当事者として伝えること


──この映画を見ながら、男であるとはどういうことなのか、男らしさとは何なのか、をずっと考えていました。答えは一つではないと思いますが、それについてのあなたの考えを聞かせてもらえますか?
その質問を聞いてくれてありがとう。今もまだ答えを探し中なんですが、それでいいと思っているんです。僕は、黒人の男性として生まれて、父親はプロのボディビルダーで牧師でもあるので、身近に強い男性像があったのは、ありがたいことだったけれど、自分のアイデンティティが確立していくうちに、葛藤が生じてきて。父と同じように振る舞わないと男らしくないのか、同じような信念を持っていないと男として認められないのか、と悩んだりもしたけど、そういうことじゃないと気づいた。男性は強くありながら、感情を持っていいし、感情について語り、分かち合い、愛することをしていいんだって。それで、まず、それまで聞かされてきたこと、教えられてきたことをアンラーニング(これまで学んできた知識を捨て、新しく学び直すこと)することを始めました。
──周囲から押し付けられた「男たるもの」みたいな概念の学びほぐしをしたんですね。
そうですね。でも、周りを責めるつもりはなくて。働きに出て、家族を養って……というのが、彼らの処世術だったわけだし。僕は、自分がこれまでの物語を変えつつある世代のメンバーだということをとても幸運だと思っています。多様な人が集まって、違いについて語り、それが受け入れられる環境にいる。だから、「男らしさとは?」という質問に対しても、答えが常にアップデートされていく。人は多面的で美しいものだから、僕自身、男性というカテゴリに属しながらも、常に新しい発見がある。31歳になっても、自分らしく感じ、振る舞い、成長し、人間としての経験を深めている。それこそが、究極の「男らしさ」じゃないかなと思っています。

──本作は、監督であるエレガンス・ブラットンの人生がもとになっていますが、監督を前にして、彼の一部分を引き受ける、というのはどんな感覚だったのでしょうか?
エレガンスが味わった痛みであり、傷ですが、そのバトンをしばらくの間、僕に託してくれたことを、とても光栄に思いました。とにかく僕はフレンチの声となり、それを伝える器となって、届くべき人に届くことを願うのみだったというか。黒人クィア男性が監督を務める、黒人クィア男性を描く物語を、僕が伝えられたということも、すごくうれしかったですね。
──精神的に肉体的にも、求められるものが多い役割だったのではないでしょうか?
これまで役者としていろんな人物を演じてきたけれど、今回は特に大変な役でした。弱みをさらけ出し、感情的になる必要があったし、過去の経験を思い出してナイーブになることもあった。でも、僕らはこの作品が、ジェレミー・ポープとエレガンス・ブラットンという個が発信できる以上のはるかに大きいテーマを描いていると確信していたので。クィアか否かは関係なく、見捨てられた経験や不当な扱いを受けたことがある人にとって、この映画はきっと助けになると思った。自分も若い頃にこの映画を観られていたら、すごく助けられたはず。どんな命もギフトであり、愛やサポートを求める権利は誰にでもあるけれど、それが自然に受けられる環境が最初からある人もいれば、そうでない人もいる。残念ながら、人生は不公平なものだから。でも、決して、自分は一人ではないとわかってほしい。今、心に傷を負っている人も、それによって未来は決まらない。辛い状況から抜け出すことはできると知ってほしい。この作品が、自分を愛し、受け入れるきっかけになってくれたらと思います。
──フレンチを演じながら、癒されるという側面もありましたか?
もちろん!僕の中にいる、「リトル・ジェレミー」が癒されていました。僕も、信仰の強い家庭で育って、ゲイであることを理由に背を向けられたことがあるし、愛情をもらう資格はあるんだろうかとか、地獄へ落ちるのかとか、僕の人生は忌まわしいものなのかと悩んだ時期もあったので。でも、友人たちと話をすることで、ポジティブな道を見出すことができた。彼らが僕にしてくれたように、僕のできる何かで人々を勇気づけることができる、誰かの役に立てるはず!と自分に言い聞かせながら、撮影に参加していました。
──実際に海兵隊の訓練を経験されてみて、いかがでしたか?
キツかったですね(笑)。ブートキャンプがあったし、武器も扱わないといけない。わずか18日間の撮影だったので、時系列で撮ることはできず、そこで最善を尽くすためにも集中力が必要でした。撮り終わったときにはもうクタクタで、放心状態(笑)。あまりにもすべてが一瞬で通り過ぎて、疑問を抱く時間もなかったんですよね。まさにフレンチと同じ状況だったなと。未知の世界に放り込まれ、必死に駆け抜け、生き抜いていくという意味では。
Photo: Steve Gripp Interview&Text: Tomoko Ogawa