11月28日(金)に公開する映画『ナイトフラワー』で苛烈な現実と向き合いながら生きる孤独なファイターを演じた。自身と異なる場所に身を置いたことで、芽生えた〝生〟の感覚とは。
映画『ナイトフラワー』森田望智にインタビュー
格闘技という「対岸」で見た神秘

「あ、めちゃめちゃ、今、生きている……。そんな感情が湧き上がると同時に、多摩恵が追い求めていたものが見えました」
3度目の試合の撮影で、役柄の輪郭が露わになったという。俳優の森田望智が振り返るのは、映画『ナイトフラワー』で演じた芳井多摩恵が身を捧げる格闘技についてだ。クランクインまでに、およそ半年間の練習と筋トレを重ね、7kgの増量を敢行。ボディ面からの役づくりはもちろん、ジムに足を運んでは、現役のファイターにも話を聞いてまわった。
「多摩恵と私はあまりにも違っていたため、本当に大変で……。これまでの役づくりは、内面からアプローチするものでした。マインドがととのうと、自ずと佇まいや所作もその人物になれていたんです。今回はカラダづくりから始めたので、筋量がアップするたびに、多摩恵に近づいているような気がしていました。それでも正直、格闘家として生きる本質はつかめなかったです。なぜ、彼女は身を挺して闘うのか。その根幹を理解しようともがく日々が続きました。過酷なトレーニングをこなし、試合ではパンチやキックの攻防で白黒をつける。極限の状態で勝敗を決する競技への戸惑いも大きかったです。私が鍛錬を積んできたバレエやダンスとは、全く異なる世界だったのです」
自身とはかけ離れた役柄に挑むのは、脚本に心を揺さぶられたからだ。森田が扮する多摩恵は、娘と息子を育てる夏希(北川景子)と出会い、ドラッグを売りさばくという危険な道を進む。それは子どもの養育費を捻出するための、やむにやまれぬ選択だった。
「内田監督は役者本人も知らなかった表情を引き出してくれる方。台本に目を通した段階で、すでにその気配が漂っていて。ここにある新しい自分を見てみたいと思いました」
冒頭で語った格闘技が持つ力を体感する日は、撮影のクライマックスで訪れた。
「リングに上がって攻防を続けるうちに、これは、自分自身との闘いだと悟ったんです。勝敗へのこだわりや悩みなど全部が吹き飛ぶと共に、世界が静止したような感覚に包まれました。たちまち理性が全て剝ぎ取られ、無垢な感情だけが残り、自分が魂だけになった気がしたんです。こうして言葉にしてみても、うまく表現するのが難しいです」
神秘的な体験を通じて、格闘技と芝居のあいだにひとつの共通点を見出した。
「映画は人生の山場をピックアップして、凝縮し、そこには喜怒哀楽が詰め込まれている。物語の中で生きる俳優は、短いスパンでさまざまな心の揺れを経験します。私はその感情に浸るたびに〝生きている〟と実感します。3回目の試合で抱いたものと近しいのかもと思って、格闘技の先生に尋ねてみたら『まさにそれだよ』と頷いてくださって。選手は命を燃やしながら、ステージに立つという言葉が深く腑に落ちました」
夏希がドラッグを売る間はボディーガードも務める多摩恵。彼女のたくましさを際立たせるために、チャームポイントでもある鈴を転がすような声をあえて封印した。
「多摩恵の荒々しい言葉と私の地声はどうも相性が良くない。どんなトーンが似合うのかをずっと模索していました。そんな折、夏希さん(北川景子)との初日に彼女の唇にワセリンを塗るシーンの撮影を迎えたんです。間近での初対面という状況に加えて、北川さんが放つオーラに圧倒されてしまって……。私の緊張を見透かしていた監督からはなかなかOKをもらえず。テイクを重ねるうちに漏れた低い声に『それだ!』と、ゴーサインが出ました。表現の方向が定まったことで、そこから逸れないようにしていました」
大切な人のために一線を越えた夏希と子どもらと交流するうちに、家族の愛を知らずに育った多摩恵の心は次第に満たされていく。
「公園などで4人ではしゃぐ場面は、どれも印象に残っています。普段なら素通りしてしまうような時間も、多摩恵にとって他愛もないことで笑い合えるのは宝物だから」
一方で夏希と二人きりになると、常に危険と隣り合わせ。特に思い出深いシーンは?
「前半で道路を駆け抜けるところです。多摩恵が初めて心から笑ったひとときでした。ただ、本編ではほんの一瞬なので皆さんの記憶には残らないかもしれません」
厳しい現実を生き抜く彼女たち。劇中で多摩恵が夏希の娘の持つタフな一面に触れて感心する一幕は、〝強さとは何か〟を観る者に問いかける印象的なカットだ。自身が思い描く〝強い女性像〟とは?
「心根が優しい人です。相手に寄り添いつつも、自分を犠牲にはしない。大事な存在には叱ることさえ厭わないし、その人のために闘う勇気も持ち合わせている。北川さんは、まさに、そういう方です。格闘技と向き合う私の体調を常に慮って、最後の試合の撮影後には入浴剤をくださったんです。ご本人の方が過酷なシーンが続いていたのに。私自身も、そうありたいと感じています」
俳優を続けるうえで大事にしているのは?
「いろんな人の声や視点を知る機会を設けるようにしています。作品によってさまざまな環境に身を置く人になりきる必要があるため、自分が慣れ親しんできた世界の枠にとらわれずに考えられるよう心がけています。そこで実際に生きている人たちに、近づきたい。格闘家の方々の日常を聞く時間もすごく楽しかったです。またひとつ、引き出しが増えて視野も広がったように思います。あとは、地に足をつけて暮らすこと。そこに人間らしさが宿ると信じているので」
最後に、挑戦してみたい役をたずねた。
「なんでしょう……。今度は文化系で綿密な準備が求められるものがいいです。言語、陶芸、楽器の演奏などジャンルは問いません。ほかにも、淡々とルーティンをこなす役柄にも惹かれます。平穏な毎日を切り取る作品こそ、積み重ねてきた時間がにじみ出るんじゃないかと思っています。俳優としての力量が試される気がします」

Photo_Tomoyo Tsutsumi Styling_Akira Maruyama Hair&Make-up_Minako Suzuki Text_Mako Matsuoka





