──映画の現場は、映像のカメラが主役で、それ以外は透明人間にならなきゃいけないというか、入っていくのが難しそうなイメージがあるんですけど。
そうですね。もちろん、映画を作るためにみんな来ていますし、写真撮影の場ではないとはいつも思っています。特に初めて一緒に働く俳優の方とかの場合は、それぞれのやり方があるので、例えば最初の2、3日はあまり写真を撮らないこともあります。自分も現場に慣れたいという思いもありますし、みんなにも、「あいついるな」とか、「あの人写真撮る人だな」とわかってもらえたぐらいから撮り始めても遅くないというか。いい写真を撮りたいし、撮らなきゃいけないとも思うけれど、撮影日数も長いので、最初から勢いよく撮らなくてもいいかなと。ちょっとずつ近づいていって、また離れたりもする、くらいのリズムなんですよね。あんまり近づきすぎるのも良くないし、わからないけれどできるだけ程よくできたらなと思っています。
──以前、インタビューで「1、2メートルぐらいの距離感」とおっしゃっていましたよね。
はい。でも、それも毎回やると邪魔だと思う。だから、入ったり離れたり、もう撮影現場にいなかったり。結構いないときもあります。
──あえていないこともあるんですね。
ずーっといる意味はないかなと思っていて、ちょっと違うところにいたりもしますね。でも、「何か逃しているんじゃないか」と言われたら、逃しているものはあると思うんですけど。
──脚本をあらかじめ読んで、必要なシーンの時はいるみたいなことではきっとないんですよね?
その場の雰囲気によってですかね。例えば、すごく人がいっぱいいる場面だったら、もう少し空いたときに来ようかなとか。自分の気持ちが向くとか、居心地がいいところと思えるときに。
──確かに、自分がリラックスできているかどうかは重要ですね。
はい。無理やり撮ろうとするとついちょっと前に出たりとかしてしまって、そうすると、撮られている側も感じるものがあるかもしれないので。
──『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』以降、スチールで参加され、今回も『ブゴニア』でご一緒されているヨルゴス・ランティモスという監督の独自性を、どんなところに感じていますか? また、彼の現場で毎回楽しみにしている発見のようなものはありますか?
彼の仕事場に、撮影現場に行くのはいつも楽しみです。なぜか仕事とは思えないんですよね。仕事だけれども、そういう感覚では行っていません。うまく言えないですが、ある場所があって、そこで監督と俳優が遊んでいるわけじゃないけれど、何かをやっていて、それを見させてもらっている、という感じかもしれません。そこで、写真を撮っている、という。