「メトログラフ」入り口にあるボックスオフィス。(all images courtesy Metrograph LLC)
ちょうど1年くらい前、ニューヨークのローワーイーストサイドに、それはそれはとても愛らしい映画館がオープンした。
「メトログラフ」という名の小さな映画館では、35mmのフィルムで上映されるファンの間で語り継がれる名作や、まだあまり知られていない才能ある映画監督が紡ぎだした新作までが公開されている。
50席と175席の2つのスクリーンを併設。ブルックリンにあったドミノシュガー工場の木の梁を再利用したシートがキュート
旅行先の限られた時間で、わざわざ映画は観ないよというひともいると思う。だけど、ここにはそれでも足を運ぶ理由がある。映画関連の本を集めたキオスクのようなブックストアに、可愛いパッケージのスナックが並び、駅の食堂のようなシンプルだけど美味しいレストランがあって、ちょっと本格的なカクテルを出すバーもある。例えれば、ウェス・アンダーソンの映画に出てきそうな雰囲気だから。
上から、ニューヨークで唯一映画関連の本だけを集めたブックストア、昼間には自然光が差し込むレストランスペース。グッドセレクションのスナックバーは、お土産にもぴったり。
「『メトログラフ』はとてもパーソナルなプロジェクトなんだ。僕にとって大好きなことが二つあって、それが映画とデザイン。その二つを組み合わせたこの場所は、自分がまさに毎日したいこと、行きたいところを目指したから」と話すのは、創立者であり、この空間をデザインしたアレキサンダー・オルチ。
右から、映画のセレクションを担当するアーティスティック&プログラミングディレクターのジェイク・パーリン、ファウンダー兼チーフ・クリエイティブのアレキサンダー・オルチ、ヘッド・プログラミングのアライザ・マー (photo by Takako Ida)
自身の名を冠したタイデザイナーとしても知られる彼は、もともとは映画監督。説明すると少し長くなるけれど、はじめて作った映画の完成を記念してスタッフに、自分でデザインしたタイをサプライズギフトとして渡したら、みんながとっても喜んでくれたそう。「僕も欲しい」という友人の後押しもあって、彼は「アレキサンダー・オルチ」というタイブランドをはじめた。
数年前にインタビューした時の話は、ここまでだったけれど、実は、そのストーリーには続きがあって、「メトログラフ」のきっかけはここから。その映画『The Windmill Movie』の公開で、アメリカのシアターを巡っていた時、「映画が好きになった自分の原点でもある、映画館を作れたらいいな」と思ったという。たいていのひとにとっては、そんな漠然とした夢は、一瞬のひらめきとして、泡のようにはかなく消えて、次の日には忘れてしまうと思う。だけど、彼の思いは消えなかった。そこから7年。思いとは裏腹に、ニューヨーカー自慢の映画館は、ひとつ、またひとつと閉館を迫られ、新たに映画館を始めようとするひとなんて皆無だった。
「映画館や本屋も少なくなっているし、レストランだって、ニューヨークは競合がひしめくエリア。みんなにはクレイジーなアイデアだって言われたよ。ロケーションも、マンハッタンには縦に高い作りの建物が多くて、映画館に向くような横広の空間を探すのはとっても難しかったんだ」。
もともと使われていたレンガの外装はそのまま。「新しいものと古いものや、クリーンと少しだけ雑など、対称を掛け合わせるデザインが好きなんだ」とアレキサンダー・オルチ。
そんなある日、ラドローストリートにある食品倉庫が引っ越ししているのを見かけた。内見すると、レンガの壁に囲まれただだっ広い室内は、まさに理想の空間だった。もともとのスペースを生かしながら、レトロでモダンな雰囲気にリノベートして生まれ変わった2フロアの空間は、いろいろな楽しみが詰まったワンダーランドに仕上がった。
「普通だったら、映画を観に行ったら、その後の食事はどこに行ってとか、いろいろ考えなきゃいけない。でも、とりあえず、『メトログラフ』に来れば、映画も、食事も、お酒だって楽しめる。デートはもちろん、Wifiもあるから、ミーティングもできるし、ライターが仕事をしにくる場所にもなりうるんだ」。
ハリウッドのゴールデンエイジにインスパイアされたレストランのメニュー。ガーリックやパクチー、パセリなどをミックスしたチミチャリソースの乗った「ステーキフライズ」($29)
彼が言うように、実際、この場所はライターが集まって意見を交わす場所にもなっているし、バレンタインデーには映画とディナーがセットになったプランもある。また、頻繁に開かれる映画監督を招いたQ&Aのイベントでは、上映後に、彼らの率直な話を直接聞くこともできる。ノープランだったはずの1日が、ここに来ると、とっておきの1日に変わる。
「時間があれば、いつだってここに居たい」というアレックスは、週に2〜3本は「メトログラフ」で映画を楽しみ、ハングアウトしているという。「映画の作品をとっても、特にルールはないんだ。ただ、ぼくたちがスペシャルだと思うものを選んでいるから」。
1Fのロビーバーでは本格的なカクテルも楽しめる。小腹が空いたら、ソーセージやレバーパテなど「ライターズメニュー」と呼ばれるバーフードをどうぞ。
そんな彼に、最近観たお気に入りの作品について尋ねると、
『Duel』
(監督:スティーヴン・スピルバーグ/邦題:『激突!』)
辺り一面には何もないアメリカのカントリーロード。ゆっくり走るタンカートラックを追い抜いたことで、主人公の車が執拗に追いかけられるというアクション・ムービー。「スティーヴン・スピルバーグの初期作品なんだけど、迫力満点でまさにアメージング!」
『The American Friend』
(監督:ヴィム・ヴェンダース/邦題:『アメリカの友人』)
デニス・ホッパーを主演に、絵画の贋作を巡った犯罪と友情を描いたサスペンス映画。作家パトリシア・ハイスミスの小説を原作とした映画シリーズの1作品として「メトログラフ」でリバイバル上映され、「素晴らしい名作」とアレックスも絶賛。
『Kedi』
(監督:ジェイダ・トロン)
「『メトログラフ』は、35mmフィルムの旧作映画の再上映で知られていると思うけれど、新作もセレクションに入っているよ。『Kedi』はイスタンブールで暮らす7匹の野良猫のドキュメンタリー。クレイジーに聞こえるけれど、とっても美しい映画なんだ」。
NYに引っ越してくるだいぶ前、旅行中にソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』とラモーンズのドキュメンタリー『エンド・オブ・ザ・センチュリー』をSOHOの映画館で観た。よくわからない英語と、でもどうにか理解したいと思う気持ちと、笑うタイミングの違いに戸惑った。でも、何だかとっても新鮮でまた来ようと思った記憶は、私の中で今も強烈に残っている。きっと、ニューヨーカーと肩を並べて、彼らの日常に足を踏み入れたような高揚感のせいだったのかもしれない。そんな風に、「メトログラフ」は、きっと私たちにまたひとつ特別な思い出を作ってくれる。次のNY滞在があれば、少し時間を作って、ぜひこの雰囲気を味わってほしい。
Metrograph
7 Ludlow Street, New York, NY 10002
Phone:212-660-0312
営:
シアター/上映スケジュールによって異なる
レストラン/9:00〜16:00、18:00〜24:00 (土&日11:00〜16:00、18:00〜24:00)
バー/18:00〜24:00(木−土〜翌2:00)
休:無休
(photo by Takako Ida)
Alexander Olch
「アレキサンダー・オルチ」のお店も、「メトログラフ」の角を曲がったすぐ。遊び心いっぱいのタイのほかに、レディスサイズのシャツやパジャマも展開。好きなテキスタイルでシャツのオーダーメイドも可能なんだそう!
14 Orchard Street, New York, NY 10002
Phone:212-925-2110
営:11:00〜19:00
休:無休