世の中には、働くことに幸せを見出し、必要な稼ぎを得て毎日を生きている人たちがいる。一方で、自分の夢が見つからない。やりたいことがない。何のために働くのかわからない―。そんな疑問や迷いを胸に抱きつつ、毎日を過ごす人たちもいる。いったいこの差は何なのか? 働くって何なのか? 労働時間、適正な賃金、コンプライアンス…… 「働き方」が問われる今、職種も生き方も異なる6人の中に、その答えを探ってみることにした。
働くって何?ボディセラピスト 田村真菜さんに聞く。「働く」とは、意味を求めずに 与えられた生を全うすること
Revolution: 03
ボディセラピスト
田村真菜
たむら・まな≫ 1988年、東京都出身。12歳まで義務教育を受けず、動植物と話したり野宿で日本一周したりと気ままに育つ。東日暮里の長屋でフリーのボディセラピ ストとして働いている。作家としても活動中。
『家出ファミリー』晶文社 ¥1,728
「働く」とは、意味を求めずに 与えられた生を全うすること
「鹿と話せるようになりたいんです」
そんな突拍子もない言葉を放つのは、ボディセラピスト・田村真菜さん(28)。幼少期を田んぼと梅林に囲まれた神奈川県小田原の田舎で過ごした。
「親が早めに教えてくれたので6歳までに小学校の勉強は終わってました。日本は飛び級できないので小学校へは行かず、12歳まで動物や植物の世話をして過ごしました」
お金がなく飼っていたモモンガのエサとなる虫を1人で300匹繁殖させていた。ナウシカばりに動植物に囲まれて育った田村さんは自然界とのコミュニケーションが得意だった。「人間の言葉は第2言語、自然界との非言語的な会話が母語」という感覚をもちつつ、中・高・大学は普通に通った。
長屋の扉を開けると、奥に施術室が見える。
大学卒業後、ライターとして東北の被災地取材へ行った田村さんは、ある猟師から、鹿の皮は何十度のお湯をかければキレイに剥げるかを教わり、衝撃を受ける。
「自分の生命力のなさに焦りを感じました。畑や野草の知識はあっても、狩ってタンパク質をとる発想はなかった」
田村さんは生々しい話に「動物を殺すのが可哀想」ではなく、「食べて生きよう!」と思った。それは動物の管理・支配でなく、「刺すか刺されるか」という対等な命のやりとりをしたいという動物的欲求だった。人間が決めた倫理や道徳より、野生本能に従う。田村さんは鹿の解体に興味をもつ。
「歌手のコムアイちゃんが知り合いで、山梨県北杜市の鹿解体ワークショップに連れて行ってもらいました」
その後、自分でも解体イベントを開催するようになった田村さんは、動物の中に〝いい個体〟と〝そうでない個体〟があることに気づいた。肉を触った質感、食べて感じるエネルギー値が違うのだ。たとえば大規模飼育場で過度のストレスを受けた動物と、ついさっきまで野山を駆け回っていた動物はどちらの肉が美味いか。答えは考えずともわかる。田村さんはそれが人間にもあてはまると思った。
田村さんが手がけるのは筋肉に働きかけるスウェディッシュマッサージ。使用するのはすべてオーガニックのオイル。
建物はなんと築95年。荒川区の東日暮里にひっそりと建つ。
さまざまな理由でストレスを抱え人間社会に疲弊しきった人たちを、〝名もなきただの動物〟に還せないだろうか?
そんな思いからボディセラピストになった。セラピーのコンセプトは「誰でもないわたしに還る」。幼少期に培った非言語的な接し方がここで生きた。
田村さんは「癒す」ではなく「癒える」という言葉を使う。木は切ってもまた勝手に生えてくるように人間の体も自然に治癒する力を備えている。そこに光を当てるのが田村さんの仕事だ。
「鹿と話したい」というのは、自分も一匹の動物として生命の循環に加わりたいという願いなのだろう。
動物のように意味なんか求めず、ただただ与えられた生を全うする。それが田村さんの働き方だ。
人体やシャーマニズムの本が並ぶ。棚の左上は北朝鮮を旅行した時に撮った写真をまとめた写真集。
施術時は白い服を着ることが多いという。