映画『サマーフィルムにのって』で演じた時代劇オタクのハダシ役が記憶に新しい伊藤万理華さん。プライベートでもファッション、アート、漫画、鉱物など、日を追うごとに「好きなもの」への熱量が蓄積されていく中、伊藤さんが今気になって仕方ないものは「人の部屋」。仕事仲間や友人クリエイターをゲストに迎え、勇気を出して部屋にお邪魔させていただく連載がスタートします!
伊藤万理華「誰かのホーム・スイート・ホーム」 vol.01 枝 優花さん
第1回目のゲストは映画監督の枝優花さん。映画『少女邂逅』や話題のTVドラマの監督、写真家としても活躍する枝さんは、2021年秋に公開された短編映画『息をするように』で伊藤万理華さんを主演に迎えました。
伊藤万理華(以下、伊藤) 枝さんにお会いするのは去年の映画公開以来なのに、急に部屋にお邪魔してしまいました。緊張してます…。
枝 優花(以下、枝) ようこそ。まあお茶でも飲みましょう。
伊藤 いただきます。わ、このグラス可愛い!写真撮っていいですか?
伊藤 どうぞどうぞ。〈Jochen Holz〉という作家さんのグラスで、ちょっと歪んでるデザインが可愛いくて気に入ってます。
伊藤 めちゃいいですね。器系は気になる作家さんが何名かいて、DAISAKさんとかSHOKKIさんとか。
枝 うちの植物の鉢、DAISAKさんだよ。この仕事って定時がないから、生活にリズムが欲しくて、植物に水をあげるルーティーンは大切にしてる。
伊藤 本当だ!私は観葉植物を上手に育てられなくて、枯らしてしまうことが多いんです。でも近所に好きな花屋さんを見つけたので、散歩がてら生花を買いに行くのがルーティーンかも。
枝 それにしても、部屋を見られるのって恥ずかしいね。
伊藤 枝さんのお部屋、気になるものがたくさん視界に入ってきます。早速なんですけど、本棚拝見させてください。
枝 本棚が一番恥ずかしいんだけど…どうぞ!脚本を書くときに参考にするエッセイや実用書、知人に進めてもらった漫画も多いかな。
伊藤 あ、『ブランクスペース』(著:熊倉 献)大好きです。この『ダブル』(著:野田彩子)も気になっていて。
枝 『ダブル』はスチールで参加したドラマの原作漫画で、舞台役者がTVやCMの世界に進出していく物語。キャスト陣は演じるのがしんどいんじゃないかなあと思うくらい、リアリティがあっておもしろいよ。
伊藤 それは役者としては読まなきゃいけないやつですね。
伊藤 清田隆之さんの本がたくさんありますね。どんな内容なんですか?
枝 恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田さんのエッセイ本が大好きで、今度撮る作品の参考にしたい部分もあったので、先日ご本人にお会いしてきたばかり。男性あるあるの癖が分析されていて、共感しまくりです。こういうのって、女性が書くと説教みたいになっちゃうじゃないですか。例えば、男子が褒められたくてやってしまう疲れたアピールとか、女子がモヤモヤしてきたことが全て書いてある。
伊藤 めちゃいい脚本が書けそうです!
枝 男友だちにも読んでもらった結果、みんな胃が痛くなってた(笑)。
伊藤 枝さんが監督した初期作品のレアな台本とかないですか?
枝 2017年に撮影していた『少女邂逅』の台本は大切にとってあります。雨降らしのシーンで濡れるから、助監督がビニールかけてくれたもの。しかもドンキの袋!私がすぐ台本なくすから、表紙に大きく名前も書いてくれて。
伊藤 優しい!私はまさに『少女邂逅』で枝さんのことを知りました。ポスターを映画館で見かけて、よく覚えています。
枝 当時はお金が全然無かったから、台本も最低人数分しか出力できなくて。お弁当は1人500円も払えなかったんだ…。制作陣みんなで2週間くらい泊まり込みの撮影をしていて、出演者も含め、雑魚寝の合宿状態でした。今だったら考えられない。
伊藤 私も自分が関わった作品の台本は絶対捨てられなくて、製本されてない絵コンテも全部取ってあります。この間、部屋を掃除していたら、グループ時代の合格通知の紙も見つけました。
枝 それはやばい!お宝だね。
伊藤 枝さんは、物語を生み出すとき、撮影現場、編集、どの時間が好きですか?
枝 アドレナリンが出るのは現場かな。最後の編集作業で音楽を乗っける瞬間もとても好き。逆に、脚本を書く作業は制限が無いからこそ終わりが見えなくて、自分との戦いがしんどくなってしまう。あとは撮影の終盤に、スタッフとかキャストが次の作品の話を始める時間も辛い(笑)。私はまだ編集作業もあるし、この作品ともう3ヶ月と並走していくのに!と思いながら聞いてます。
伊藤 監督ならではですね!役者は次の作品に頭を切り替えることで精一杯になってしまうのかも。
枝 みんなはたくさん恋人がいる状態だから、浮気されている気持ちになる。
伊藤 ははは(笑)。去年、ドラマのクランクアップ直後に映画に入ったので頭の中がパニックになりました。
枝 作品ごとにメンバーがガラリと変わるから、不思議な仕事だよね。組から組へ。役者は常に転校生というか。
この日の天気は快晴。部屋の中では話し足りない2人は
近所へ散歩に出かけます。
伊藤 私、枝さんに会ったときに伝えたかったことがありまして。
枝 なになに。
伊藤 2021年が明けてすぐに撮影していた『息をするように』は、大切なターニングポイントになったというか、ぐらぐら揺れていた自分が担うテーマが定まった気がしたんです。偶然か必然か、去年演じた別の作品の役にも通じていたり、自分が表現したいことが見えたような。
枝 それは嬉しい。
伊藤 演じさせていただいたのは男子高校生のアキ。性別とか世代とか、あらゆることで分けられてしまう思考を超越しているアキの葛藤は、当時自分の中で疑問に思っていたことと一致した気がして、すごく救われたんです。今私がゼロから作ろうとしている作品の原点になった気がします。
枝 撮影していたときのマリカさんは濃い霧の中にいるようだったから、その印象をあえて役にも投影しました。今日久しぶりに会って、いろんなものが剥がれてスッキリしてる。きっとこの1年でたくさんの人に出会って愛情を受け取ったんだなって思ったよ。
伊藤 わかりますか?今思えば、あの状態でよく演技していたなと思うくらい。あの頃の自分と全然違うと思います。
枝 自分に正直で、嘘をつけない人は信用できる。役者ってナマモノだから、社会に出て仕事している大人たちが服を着込んで傷つかないように守っているものを、全部さらけ出してカメラ前で戦ってる。監督として現場でそれをどう支えながら最高の瞬間を捉えていくかが勝負で。私は、そういう格闘を一緒にするのが好きだったりします。
伊藤 お医者さんみたいです(笑)。こんな風に枝さんと再会できて嬉しい!ありがとうございました。
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伊藤万理華
1996年大阪府生まれ。乃木坂46のメンバーとして活動後、2017年に卒業。映画、舞台など俳優としての活動を本格化する。2020年に2度目となる個展「HOMESICK」を開催し、漫画家やデザイナーなど数々のクリエイターとのコラボレーションが実現。2021年は主演を務めた映画『サマーフィルムにのって』が映画祭で数々の賞を受賞、ドラマ『お耳にあいましたら。』で主演を務めるなど、飛躍の一年となる。今秋、金髪ギャルの役を演じた『もっと超越したところへ』の公開が控えている。
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枝 優花
1994年群馬県生まれ。映画監督、脚本家、写真家。大学在学時代から映画の現場へスタッフとして参加。2017年、初の長編監督作品『少女邂逅』がロングランヒット。香港や上海の映画祭に招待され、バルセロナ・アジア映画祭では最優秀監督賞を受賞。2021年9月、シンガーソングライター・Karin.の楽曲にインスパイアされて生まれた短編映画『息をするように』がレイトショー公開される。2022年、WOWWOWオリジナルドラマ「神木隆之介の撮休」に監督として参加。