09 May 2018
女がヒールで歩く日は〜私たちが服を買う理由 vol.3

新卒で入社した百貨店、ITベンチャーを経て、様々な媒体でファッションにまつわるメッセージを発信している最所あさみさん。東京の片隅で暮らし、東京から世界を見てきた彼女だからこそ思う買い物の愉しみと、おしゃれして街へ出かける幸福を綴る連載、第三回めは──
クローゼットの中の、憂鬱
いつも通り自宅の本棚の前に立って、ハッとした。
こんなにたくさんの本があるのに、いま読みたいと思える本が、ない。
床に積まれた未読の本や雑誌の山を漁ってみても、どうしても心動かされない。
本を読む気力を失ってぼーっとベッドに寝転びながら、そういえば最近は「読みたい」より「読まなきゃ」で本を買いすぎていた、と気づいた。
気づけば私の本棚には、よそ行きの本が溢れすぎていた。
同じようなことがクローゼットでも起きる。
こんなにぎっしり洋服が詰まっているのに、いま身に付けたいと思える服がない。
私の場合、特に休日にその現象がおきやすい。
平日の装いはTPOから逆算できる。
「どういう私であるべきか」がすぐにわかるからだ。
でも、休日はどういう自分で「ありたいか」がわからなくなってしまう。
そして自分がいかに「べき論」で買い物をしていたかに気づくのだ。
アラサーにもなったらこのスカート丈はアウトだろう、パリッと見せるなら白がいい…そうやって知らず知らずのうちに、よそ行きの服がクローゼットを占拠していく。
本当に私が読みたかったもの、着たかったものは何だったのだろう。
自分にとっての「いいもの」は、必ずしも上質なものとは限らない。
毎日ごちそうを食べ続ければ胃もたれするように、本でも服でも化粧品でも、カロリーの高いものばかり接種しているとある日突然体が受け付けなくなる瞬間がくる。
そしてはたと気づくのだ。
もっと気の抜けた、意味のない、愛すべきムダが必要だということに。
私の場合それは一枚で着られる綿のロングワンピースで、予定のない休日はいつも同じものばかり着ている。
どこも締め付けず、ベッドやソファで寝転んでも不快感がなく、それでいてちょっとコンビニに行くくらいであればそのまま行けるような、いわゆるワンマイルウェアとして使っている一着。
こだわって買ったものではないし、なんなら昔好んで着ていた服が二軍落ちしただけではあるのだけど、この服がなくなってしまったら背伸びせず「等身大の私」でいられる服がなくなってしまうような気がする。
休日服や部屋着だってこだわろうと思えばいくらでもこだわれるものだけど、何のこだわりもなく一緒にいるうちに特別になってしまった、そんな相棒がクローゼットの中にいてもいいんじゃないかと思う。
なぜなら、私たちはいつも元気でいられるわけではないから。
心身共に疲れて、キラキラしたものに接するのがしんどい日だって、生きていればいくらでもある。
そんなときに必要なのは、自分を引き上げないと追い付けないきらびやかなものより、空っぽの自分にも寄り添ってくれるとるに足りないものだったりする。
キラキラだけ集めて生きていけるほど、人生は甘くないのだ。
どんなに断捨離の必要性が叫ばれても、捨ててはいけないムダもある。
私たちの憂鬱に寄り添ってくれる相棒は、いつだってクローゼットの奥底に眠っている。
最所あさみ
さいしょ・あさみ
大手百貨店入社後、ITベンチャーを経て独立。Webメディアを起点としたコミュニティ形成やコマース事業のプロデュースを行うかたわら、個人でファッションや小売にまつわる有料マガジンを発行。
個人note:https://note.mu/qzqrnl
Twitter:https://twitter.com/qzqrnl
安藤晶子
個展で作品を発表するほか、雑誌の挿絵、CDのアートワーク、ファッションブランドのイメージビジュアル等を手がける。
akikoando.tumblr.com
https://twitter.com/
Text: Asami Saisyo Cover Illustration: Akiko Ando