22 May 2018
はじめまして、ザ・クラシックス 歌舞伎編

そろそろ知っておきたい古典の世界。その嗜み方・楽しみ方のツボはどこにあるの?
見守り、育てる元祖アイドル。世襲一族の成長物語
「若手歌舞伎役者はみんなの甥っ子みたいなもの」らしい。多いときは年に30回ほど観劇し、通勤時にはわざわざ少し遠回りして歌舞伎座前を通るという、筋金入りの歌舞伎ファンの言葉だ。それって、どういうこと?
よく知られているとおり、歌舞伎には「名門家」があって、家ごとの格や序列がある。役者の芸名「名跡」は代々受け継がれ、明治以降は世襲は基本だから、生まれたときから注目されるのが歌舞伎役者の宿命。たとえば今なら、三代同時襲名で話題になった松本金太郎あらため市川染五郎は、その美貌も相まって大きな期待を集めている。尾上菊五郎家の寺島眞秀(まほろ)は、寺島しのぶとフランス人の夫の長男だが、歌舞伎の道に進んだ。菊之助の息子・寺島和史とは年齢も近く、従兄弟同士でライバルとなるだろう。幼いころからファンが将来を想像してあれこれ話題にするのは、歌舞伎ならではのありようだ。つまり歌舞伎役者は何十年もの間、ほどよい距離感で成長を見守り応援できる、まさに親戚の子どものような存在だということだ。
子役のあとには、大名跡と継ぐために大事な時期がやってくる。たとえば片岡仁左衛門家の片岡孝太郎の息子・片岡千之助はスター性も十分。中村歌右衛門家の中村児太郎は、父・中村福助の病気療養により襲名延期となり、ファンはやきもき中。坂東三津五郎家の坂東巳之助は亡き父と同じく幅広い活動が期待されている。
彼らは代表的な名跡を継ぐと思われているけれど、そもそも世襲はある意味で残酷だ。歌舞伎役者の家に生まれても、姿形の良さがないと、周囲を納得させる芸がないと、客を呼べるスター性がないと襲名できない。歌舞伎のことばで「仁(にん)」とは、雰囲気、らしさ、風格のこと。歌舞伎役者は血筋に加え、努力で身につくとは限らない「仁」がないといけない。そういた”ままならなさ”にも、ファンは魅力を感じるのだ。
そういう意味で、家柄と「仁」とスター性、すべてを備えている市川海老蔵は、やっぱり別格だ。市川團十郎や中村勘三郎などの重鎮が亡くなり世代交代が進む現在、海老蔵を中心に歌舞伎界がどうなっていくのか、そういった人間模様もファンは楽しんでいる。
伝統文化には、「時代を超えた魅力」と「今が旬の楽しみ」の両側面があると思う。別の若い歌舞伎ファンは、もともと好きだった嵐の松本潤と仲が良い中村七之助に興味をもったのがきっかけだ。歌舞伎役者は元祖アイドルとの言われるけれど、現代アイドルとの大きな違いは、家に受け継がれる名や芸があること。ジャニーズもJr.からの成長を見守ることができるけれど、歌舞伎役者は背負った宿命があるからさらにドラマチックだ。
歌舞伎には型の様式美があり、演目も定番のものが多い。それを前提としつつ、けれど役者はナマモノだから、年齢と経験を重ねて型が洗練されてゆく。その進化に合わせていつでも新鮮な観劇体験ができるのだ。歌舞伎公演はつねに一期一会。気になる役者を見つけて、さっそく公演に足を運んでみよう。
Text:Utako Saruta Edit: Satoko Shibahara Illustration: Hitoshi Kuroki
GINZA2018年6月号掲載