クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。25歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.4 トレンディドラマからのお知らせ
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.5 ちびまる子ちゃんの時間帯
vol.5 ちびまる子ちゃんの時間帯
TVをつけると、「ちびまる子ちゃん」が放送されていた。
おかっぱ頭に白の開襟シャツ、赤のサスペンダースカート姿のまる子。わータマちゃんもいる!学級委員の丸尾君、相変わらずだなぁ。おじいちゃんとお姉ちゃんの声優さん変わったんだ。
なんて呑気に観ていると時間はあっという間に過ぎていて、気づけば次回予告になっていた。
そのままチャンネルを変えずに、時計の針が18時30分になるのを待っていると、「サザエでございま~す」の台詞と共にお馴染みのオープンニング曲が流れて来て、わたしはちょっと嬉しくなった。
「ちびまる子ちゃんとサザエさんを家で観るのなんて一体どれくらい振りだろう」と思った。
網戸にしてある窓からは、向かいの家の夕食の匂いと子供たちの笑い声がする。
日が沈まないことには何のやる気も起きない夏も、もうすぐそこだと、湿った夜の気配がわたしに伝えていた。
上京前、わたしがまだ10代だった頃。夕食前の食卓は、とても賑やかだった。
母が台所に立つ後ろ姿、熱したフライパン、油を引く仕草、洗ったばかりの菜箸で食材を炒めた時にするパチッという水の弾けた音、夕食を待つ祖父がビールのプルタブを引き、お漬物なんかをアテにしてはじまる晩酌。
もうすぐできるよー!
家中に響き渡る、あの母の声が懐かしい。
自分の部屋から出て来たわたしがいつもの席に座ると、祖父はラジオからTVに切り変え、しばらく黙ってそれを二人で観る。そして、今日のニュースが終わってしまうと、とチャンネル権をそっと譲渡してくれるのだった。
何を観ようか、とリモコンを操作し決め兼ねているわたしに、祖父と母が、今日はどんな1日だった?と心を込めて必ず尋ねてくれた。
うわの空で返事をすることもあれば、キャベツを千切りにして水にさらした時のようにシャキシャキと、学校でのこと、友達とのことを、話して聞かせたりした。
日曜日。
日曜日は、「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」を観ながら、また明日から安心で安全すぎる何でもない毎日が始まるのだなぁとぼんやり思ったものだった。
休み明けに提出しなくちゃいけない課題のプリントは朝友達に写させてもらおう、とか、そんなことだけを考えて、ただ母の作ったご飯を食べていればよかった。
まる子のように、夕飯の献立を聞いて、えー野菜炒めと焼き魚?ハンバーグがよかったー、なんて口を尖らせたものだ。
スーパーに行き、栄養バランスを考えながら買い物をし、同じようなものにならないように工夫しながらご飯を作ることがどれだけ大変なことなのか、あの頃のわたしは知らなかった。
そして、その何でもない日々を一緒に生きることが、とても大切なことなのだと今は分かる。
口にしたもので、心と体は作られる。
同じ食材でできたものを、同じ場所で、同じ人と食べることを繰り返すことは、とても単調で、当たり前のことすぎて、ついその尊さを忘れてしまう。
だけど、人生の大きなことに立ち向かっていくその時、その単調な生活や、それを営んだ記憶がその人の中にどれだけあるのかで、その人の強さは、決まるのだと思う。そんなことで、決まってしまうのだと思う。
1分1秒を惜しむような忙しない生活から、計らずとも、自分の為だけに時間を使える状況になって、久しぶりに、自分を清めるように料理をしたような気がする。
特別なものは作っていない。
雑穀米に焼き魚にお味噌汁。
作り置きできるおかずをもう1品。
そんな素朴なご飯を「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」が放送されている時間に食べることで、わたしは確かに、何かを取り戻した何かがある。
これくらいか、もうちょっと早歩きくらいが、人が人の心を保てる生活なのかもしれないと気づいてしまったのは、わたしだけじゃない気がする。
見通しの立たない未来のことを考えると、誰もが、口を閉ざしてしまう。
みんなが苦しくて、もうこれ以上悲しみが広がって欲しくないから、どの言葉で伝えていいのか分からなくなる。
だけど、家にいることしか出来なかった時間の中で、人生を見つめ直すキッカケを、もしかしたら、世界中の誰もが平等にもらっていたのかもしれない。
そして、これはある意味でラストチャンスなのかもしれないな、とさえ思った。
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家入 レオ
16thシングル『未完成』(フジテレビ系月9ドラマ『絶対零度〜未然犯罪潜入捜査〜』主題歌)のginzamagでのインタビュー:
家入レオ、愛と憎しみの区別がつかなくなった「未完成」。
leo-ieiri.com
@leoieiri