クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。25歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.15 運ばれる場所まで
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.16 約束なしで
vol.16 約束なしで
「次会うのはいつだっけね」
打ち合わせが終わり、諸々の確認を済ませた後。
エレベーターを降りたエントランスで、ふとマネージャーさんと目が合った。
まだ何か確認し忘れているような気がしていることにお互いが気づき、思わず笑みが溢れた。
「電話もメールもあるのにね」
「お疲れ様でした」とスマホを持った右手を軽く振り、体を横断歩道の方に向けると、信号が点滅しはじめたところだった。
約束もないし、今日はゆっくり帰ろう、と立ち止まった矢先。
背後から元気のいい足音が近づいてくる。
左右から勢いよく駆け出して行く学生たちの背中を一人見送りながら、若いなぁと思った自分に苦笑いする。
すぐに信号が赤になり、車の往来が激しさを増す。
手持ち無沙汰になり、右手の親指で液晶画面を触ると、なるほど。
表示されたのは学校が終わるくらいの時刻だった。
ずんずん歩きながら、色んなことを考える。
名刺交換が終わった後の雰囲気ってなんか独特だよなぁ。
この後走ろっかなぁ。
やばー、図書館に本返さなきゃ。
もうなんでもありな心の中。
そんな、とりとめのないことを考えている途中で、「あっ」と思わず声が出た。
そう言えば彼女もこれくらいに仕事が終わるはずだ。
「人生の中で一回くらい東京に住んでみたい」とセーラー服のリボンを揺らしながら福岡で笑っていた彼女の手には、今、結婚指輪が光っている。
夫の転勤が東京に決まり、この春一緒に引っ越してきたのだ。
信じられないスピードでこの街に溶け込み、自分の居場所を見つけようとする行動力はあの頃のまま。
天晴れ。
彼女の勤めるお店は、街の真ん中にあるので、たまに仕事が早く終わったりすると、なんとなく連絡してみるのだった。
「今日はもう上がった?」
すぐに既読になり、「わ!たった今お店を出たところよ」のメッセージ。
夕方。
東京の喧騒の中に彼女を見つけることにわたしは、まだ慣れない。
こんなことって、あるんだなぁ、と、とても不思議な気持ちになる。
軽く手を上げ、お疲れさま、とお互いを労い、駅までの道のりをゆっくりと歩きはじめる。
「今日ね、こんなことがあってね」
たった数十分のおしゃべり。
オチがあるような、ないような、そんな話ばかりを、ずっと。
白とか黒とか、未来のこととか。
中身がないと話しちゃいけないような場や時間が、年々増えてくるから。
しっかりしなきゃなぁって思うし、周りからもそう言われる。
だからこそ、大事にしたい関係がある。
共有してきた、たくさんの景色と感情。
校則違反の寄り道。
顔を寄せ合って撮ったプリクラ。
スカートを上げたり、髪をほどいたり。
一緒に背伸びをして、一緒に大人になってきた人。
「それでね」と顔を上げると、もう駅で。
名残惜しさを素早く笑顔にかえる。
「約束なしで、また一緒に帰ろう」
晩ご飯の準備がある彼女と、締め切りがあるわたし。
乾いた空気を胸いっぱいに吸い込んで、
自転車を停めている駐輪場まで一人歩く。
歩きながら、彼女が今、わたしと同じ気持ちで電車に揺られていることが、
どうしてだか分かって。
それだけで十分だった。
わたしは彼女が好きだ。
自転車の鍵を開け、勢いよく跨がり、思い切りペダルを漕いだ。
東京の冬がすぐそこまで来ている。
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家入 レオ
16thシングル『未完成』(フジテレビ系月9ドラマ『絶対零度〜未然犯罪潜入捜査〜』主題歌)のginzamagでのインタビュー:
家入レオ、愛と憎しみの区別がつかなくなった「未完成」。
leo-ieiri.com
@leoieiri