27 Apr 2018
コラムニスト町山広美が選ぶ5月のカルチャー傑作

●スタアを夢見るその娘のみぞおちには金魚の形のアザがあって、銭湯のゆらめく湯の中で金魚が泳いでいるように見えた。と、10歳だった「わたし」が記憶をたどる『スタア誕生』は、金井美恵子の新作小説である。『早稲田文学』最新号の特集タイトル「金井美恵子なんかこわくない」が示すように、こわい人だ。どうこわいかといえば、それこそ10歳児の答えになるが、金井さんは頭がものすごく強い。間違えてない。頭が「いい」では事足りなくて、「強い」のである。でも、その小説はこわくない。長い文章に最初はいくらか手こずるものの、ひきこまれれば居心地がいい。1950年代の日本の地方都市、モナミ美容室に集う女性たちのおしゃべり。着ていた服、観た映画。読めばそのディテールをなぞる指になる。自分の脳みそが指になる、なんて愉しい。時間を行きつ戻りつし、同じ過去を見るカメラのズームも構図もその度に変わって、10歳だったあの頃の記憶はだんだん鮮明に、輪郭を明確にしてくるのだが、同時に喪失の気配は強まり。どんどんはっきり見えてくるのに、どんどん遠くなる。物理的にはありえない現象を体感する、小説の愉しみ。
『スタア誕生』
1955年、ジュディ・ガーランド主演の映画『スタア誕生』が日本で公開され、地方都市の映画館でニューフェイス審査会が開かれる。映画女優に憧れる若い美容師と、彼女を応援する商店街で働く女性たちを、当時10歳の少女だった「わたし」の目を通して描く。著者の作家生活50周年を記念しての長編小説。(金井美恵子著/文藝春秋/¥1,850)
●50年代のスタアは映画スタアを指し、小説のタイトルはミュージカル映画の大スタア、ジュディ・ガーランドが薬物中毒からの華麗な復活を期して失敗に終わったハリウッド大作からの借用だが、アメリカでビッグマネーを稼ぎ出すスタアと言えば今や、ラッパー。映画『パティ・ケイク$』の主人公パティはラッパーとしての成功を夢見て、バイトと親の借金と介護に追われている。『スタア誕生』の「わたし」の弟は映画『ダンボ』を観て泣くが、パティは地元の男たちからダンボとからかわれる。丸々とした、できそこないの負け犬。でもそんなクソみたいな地元を、惨めな生活を絶対抜け出してやるんだ。という、どん底ラッパーど根性物語。『ワンダーウーマン』は女のスーパーヒーローがビッグマネーを稼ぐ新時代を証明したものの、美人のお姫様のずっと勝ち組物語ってとこが物足りなかった。大好きだけど認知障害がではじめたおばあちゃん、ロックスタアへの憧れをひきずる飲んだくれ母、負をひっくり返し負を抱きしめるパティがマジかっけー。相棒男子との友情、ついに出会った王子様の臆病さ、今の女の子のリアルがありつつのスタア誕生物語にマジ泣けたっす。
『パティ・ケイク$』
©2017 Twentieth Century Fox
昨年のサンダンス映画祭で注目を浴びた、話題作。家族への愛憎や貧困を乗り越えラップで成功を夢見るポッチャリ系白人女子の奮闘を描く。猛特訓を受けたという主人公パティを演じるダニエル・マクドナルドのラップシーンは圧巻。監督・脚本のジェレミー・ジャスパーは劇中の音楽も手がけている。4/27公開。
●「マジ泣けたっす」という超日常語をカラオケの歌詞テロップにのせたのは「今夜はブギー・バック」で、スチャダラパーだった。結成28年目、最年長ANIは50歳。2010年から完全自腹出版誌『余談』を恒例の春の日比谷野音ライブの売店に並べて、今年で9号目。9合目なら頂上が近いが登山じゃないので、「え、そんな人が。お高いんでしょ」な人気者もそこそこ参加して、しょーもない男子のおしゃべりが今号もだらだら続く。男子たちもおっさんになってそのくだらなさにヤマイコウコウニイルなイル感ありますが、くだらないまま年をとっていいのはもう男子だけじゃないわよとパティな心意気でガハハと読んで、気がついたら真っ暗じゃんもう夜じゃんと時間をムダにしたい。
『余談 スチャダラパー・シングス』
スチャダラパー責任編集による読み物満載のインディーズ雑誌『余談』。会いたい人に会い意味のない「余談」を繰り広げるのがコンセプト。第9弾『余談 スチャダラパー・シングス』では、みうらじゅん、つげ忠男、宮川大輔、有野晋哉、THE OTOGIBANASHI’S、岡宗秀吾、井上三太、町山広美らが登場。(メロディフェア/¥1,500*税込み)
●スチャダラパーの前に、プレジデントBPMあり。86年にヒップホップ・レーベルを立ち上げた総帥にして最高クールなラッパーの正体は、お若い皆さんには『週刊文春』のコラム書いてる人な、近田春夫。近田さんはいつも早い。そのソロデビュー曲が収められている『筒美京平自選作品集 シティ・ポップス編』は、この50年間にとんでもない数のヒット曲を生み出してきた作曲家の仕事からの、いい感じの40選。アメリカのヒット曲に取材した「早い」と日本の「売れる」の両立、なんて無理を実現し続けてきた。かっけー曲だらけですが、「ロキシーの夜」(近田春夫)と「ダーティ・ドッグ」(尾藤イサオ)を部屋に流せば、どんなにシケた1日を過ごしてもキラキラして危うい夜に滑りこめる。
『筒美京平自選作品集』
総売上枚数7,600万枚超。日本の歌謡界をリードし続ける作曲家・筒美京平の活動50周年記念のベストワークス集。筒美自身が音楽のジャンルにわけて選曲、「AOR歌謡」(コロムビア盤)、「アイドル・クラシックス」(ビクター盤)、「シティ・ポップス編」(ユニバーサル盤)の3タイトルで発売中。(各¥3,500*税込み)
●聴けば読めば観れば、行けないところへどこへでも。『君の名前で僕を呼んで』(映画レビュー参照)を観れば、83年の夏のイタリアの避暑地で、溶けた氷がグラスを叩く音さえすぐ近くに耳にできる。17歳の男子が知る、初めての歓喜と痛み。少し年上の男性に心も身体もひかれて。放出された精液が愛おしげに扱われるといえば、すでに公開中の『BPM ビート・パー・ミニット』も比肩するが、女子のヒーロー映画続出と男子についてのこういう表現が同時に出てくるのは面白いし、3年さかのぼって80年、韓国の民主化運動を人情物語に寄せて熱っぽく描く『タクシー運転手 約束は海を越えて』(4/21より公開)に泣きに泣かされれば、同じ史実を描く漫画『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(チェ・ギュソク著)を読み直したくなり……とぶらりは続くよ、どこまでも。
Profile

町山広美 まちやま・ひろみ
放送作家。『有吉ゼミ』『マツコの知らない世界』『MUSIC STATION』など数多くのテレビ番組の企画・構成を手がけ、『幸せ!ボンビーガール』ではナレーターも兼任。雑誌・新聞でも連載コラムを執筆している。
Text: Hiromi Machiyama Edit: Izumi Karashima
GINZA2018年5月号掲載