“可愛い”を追い続ける〈ジルスチュアート ビューティ〉と作家・柚木麻子が紡ぐメッセージ。 エンパワーする女性たちの背中をそっと押してくれる全6話の連載物語。
Sisterhood with JILL STUART Beauty × 柚木麻子 vol.1『赤いドレスの女』
vol.1 『 赤いドレスの女 』
ずっと無人だったその向かいの部屋で彼女が踊っているのを初めて見た時、私は一瞬、火事が起きたのかと思った。真っ赤なドレスを着た彼女はそれくらい激しく、踊り狂っていたのだ。彼女の手足の動きに合わせて、ひらひらのスカートや袖が高く舞い上がり、さっと落ちる。ぐるぐる渦をまく。一秒たりとも止まっていることがない。それは一度きりではなく、日に何度も、ほぼ毎日続いた。
いつものようになんにもしないまま迎えた夕方、私はベランダに寄りかかって彼女を眺めていた。どういうわけか懐かしい感覚が湧いてくる。学生の頃、こういうダンスをどこかで踊ったのだろうか。いやいや、あんな複雑なコンテンポラリーダンス、私に踊れるわけがない。
この古いマンションは、ほとんどが事務所として使われているせいで、生活の気配がまったくない。だから、幅十メートルの通りを挟んだ向かいのビルのワンフロアを占める一室に、彼女が越してきた時は嬉しかった。家具もカーテンもないその部屋に、ある日、彼女はリュック一つでやってきて、猛然と踊り出したのである。床に座ってコンビニご飯をむさぼり、パソコンに向かってしゃべり続け、寝袋に入って横になる。なんの仕事をしている人なのか、そもそもなんで踊っているのかはよくわからない。この距離だと表情は読み取れないが、たぶん口を真一文字に結んで、目を吊り上げているような気がする。あれだけ動けるということはたぶん私よりずっと若いのかもしれないが、時々、肩で激しく息をしながら床に倒れ込んだり、腰をさすっている様子をみると、もしかして三十歳を超えているのかもしれない。
ぬるい風は完全に夏のものだった。夕闇の中で赤いドレスが今夜も燃えている。それはキャンプファイヤーとかお祭りの提灯を思い出させた。香ばしく焼いたマシュマロや具がないカラカラの焼きそば。幼いころお腹を空かせたあのにおいが蘇った。普段は寝ている時間に外で遊べるから、私は夏が好きだった。今年も子供が楽しみにしているような屋外のイベントは軒並み中止だろうか。
ああ、そうだ。あれは怒りだ。私はふいに気が付いた。彼女は怒りを表現しようとしている。懐かしいと感じたのは、私がもう久しく怒りという感情と向き合っていないためだった。
仕事を失ったのも、部屋から出られなくなったのも、私のせいではない。この状況に私はもっと怒っていい。私は室内に戻ると、猛然とパソコンを開き、実名でブログを立ち上げた。ドレスの炎が乗り移ったみたいに。
(次号に続く)
柚木麻子
ゆずき・あさこ
作家。1981年東京生まれ。2010年『終点 のあの子』でデビュー。『ナイルパーチの女子会』(年/山本周五 郎賞受賞)、『BUTTER』(年)など、シスターフッドを綴る作品 には多くの女性ファンが。小学館「WEBきらら」にて『らんたん』 連載中。趣味は香川照之の似顔絵描き。過日のTwitterには「(香川プロデュースの昆虫ブランドの)虫のアロハを着ている」と。
きゅんと心に火を灯す
秋色レッドのクリーミィティント
きゅんと心に火を灯す秋色レッドのクリーミィティント秋の新作は唇をふんわり艶やかに染め上げる新感覚のルージュ。ホイップクリー ムのような軽やかさと8種の植物オイル配合でうるおう唇へ。私たちのときめきを映し出す赤のシェイドに、小さな勇気をもらって。ジルスチュアート ルージュ クリスタル クリーミィホイップ ティント*全8色 05 メープル ラプソディー 10ml ¥3,080(ジルスチュアート ビューティ)