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阿部公彦さんに聞く「かわいい」概念の現在地。【言語編】

阿部公彦さんに聞く「かわいい」概念の現在地。【言語編】

サンリオ、キモカワ、ゆるかわ、そして海を越えたkawaiiブームと、いろんな変遷を経た今、私たちの「かわいい」はどこにある?さまざまな分野の識者たちに聞きました。


お話を聞いた人
阿部公彦さん(英米文学者)

他者の注意を引きつけ結束を確認しあう無害の合言葉

英米文学を専門とする研究者、阿部公彦さんは著書『幼さという戦略 「かわいい」と成熟の物語作法』で、日本文学と英米文学を対比させながら未熟さや幼稚さについて考察している。「kawaii」が世界共通語になりつつある今、欧米では『かわいい』をどう受容してきたのだろう?そして日本独自の現象をどう捉えているのだろう?

「『かわいい』は英語で〝cute〟でしょうか。もともとこの単語は鋭いとか、クレバーという意味で使われていましたが、19世紀に入ってから、フェミニンで、甘やかでうっとりするものに対して言うようになったようです。産業革命以後、市民階級が豊かになり、家の中を美しい装飾品で整えることが流行するようになって、ドメスティックな部分を大事にする感覚が芽生えてきます。そうした風潮と同時に、現代の会話に出てくるのと同じ意味を持った〝cute〟も登場します。つまり、比較的最近になって使われ出した言葉なのです。逆にいえば、それ以前は『かわいい』という概念が文献の中にあまり出てきません。

欧米ではもともと美意識に二種類あると考えられています。フランス庭園など均整のとれた美しさや、女性的なものに対して使う〝beautiful〟と、アルプスの山など崇高でおののくような荘厳な美に対する〝sublime〟です。〝cute〟はどちらかというと〝beautiful〟に近いですが、少し意味合いが違いますよね。

もちろん欧米世界にも、小動物や子どもを『かわいい』ということはありますが、日本のように、気持ち悪いものやマイナス要素のあるものに対しても発するのは非常に特殊なケースだと思います。ヨーロッパには不条理を面白がることはありますが、説明のつかないものを評価することはあまりないですし」

共感を強いる時代の便利ワード

「おじさんでも政治家でも、なんでも指さして『かわいい』という日本での現象は、90年代以降でしょうか。その時、周りの人の注意を向けさせること自体が大事であって、対象物が本当にかわいいかどうかは別段どうでもよくなってきているのでは?昨今SNSでの発信が盛んになり、トレンド欄が注目されるのも、同じものを見つめて共感することがマーケットとなり、経済活動につながっているからでしょう。常に多くの人の視線が集中していることがカルチャーの震源であり、そのものに価値があるか、立派かどうかを問うことに意味がなくなってきている。これはかなり独特な現象だと思いますよ。

心理学では、同じものに注意を向けさせることを〝joint attention〟、『共同注意』または『共視』と呼んでいます。たとえば言葉を喋るようになる前の子どもと親の最初のコミュニケーション、『ほら、電車が走っているよ』と話しかけるような行為のことです。現在、この『共視』が一般社会で日常的に行われる際に、一番多く発せられる号令こそが『かわいい』なんじゃないでしょうか。しかも、誰も傷つけずに安心して使える言葉だから、便利なんですね。

ところで、『発達障害』がここ10年ぐらい頻繁に話題に上るようになったのは、この障害のひとつの特徴である『他者と注意を共有できない』という側面が非常にクローズアップされるようになったからかな、とも考えられます。『配慮が足りない』とか、『空気が読めない』などの表現がよく見受けられるようになったのも同類の現象でしょう。他人と同じ方向を向けない人はちょっと普通じゃない人、常識的ではない人だとして遠ざける傾向がある。発達障害という用語が一般的に定着する以前から、共同体の中にそういう人が何人かいるのはごくあたり前のことだったのに、これだけ話題になったり、メディアで取り沙汰されたりするということは、つまり、共有や共感をより強く求める世の中になったことの表れなのでしょう。そうした現代の状況の中において、かわいいものに感動している自分をアピールし、周りを巻き込み、結束を強めることは、社会生活にとても重要な要素になってきているのだと思います」

「かわいい」概念の現在地 言語編

「ね、見てみて、これってかわいくない?」。そのひとことで一瞬にして結束できちゃう魔法の言葉。

阿部公彦 あべ・まさひこ

英米文学者。1966年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科文学部教授。英米文学研究のほか、文学評論も。近著に『病んだ言葉 癒やす言葉 生きる言葉』(青土社)。

Illustration: Hiromi Kado Text&Edit: Mari Matsubara

GINZA2022年5月号掲載

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