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20 Jun 2020
作家、朝倉かすみが綴る全7話のウェディングモノローグと〈NOVARESE〉のドレススタイル。自分らしい、自由なブライダルを叶える、連載ストーリー第1回。
第1回
「キジバト」
わたしが花嫁になった日、空は高く澄んでいた。若いわたしのほっぺたみたいにピンと張り、ひろびろと青かった。
その日、わたしは子供部屋で目覚めた。親が家を建てたのは、わたしが小学校に上がる年だった。今度の家には子供部屋があるよ。父は言い、わたしを膝に乗っけて分厚い壁紙見本帳をひらいた。わたしが指さしたのは、ちいさなバラの花束模様にダックエッグカラーのストライプの入った壁紙で、思えばこれが人生初の大きな選択である。
からだを起こし、いつものように少しのあいだ寝床でぼんやりした。東南向きのわたしの部屋には朝日がふんだんに差し込み、わたしの寝床はわたしだけの匂いがした。それから枕カバーを外し、シーツを剥がし、洗濯かごにどさっと入れた。着替えも持って、階段を降り、シャワーを浴び、濡れた髪のまま、洗濯機を回した。
「あらやだあなた、なにも今日しなくてもいいじゃない」
台所から顔を覗かせ、母が笑った。
「まぁ一応ね」
ドライヤーを使っていたので、ちょっと荒っぽい声が出た。わたしは麻の七分袖のブドウ色のストンとした膝丈のワンピースを着ていた。PUレザーのカラシ色の食堂椅子に腰かけて、母のつくったポークハムのおにぎりと、アオサと豆腐のお味噌汁と、昨夜の残りのブナシメジとコンニャクを煮たのを食べた。
ヒノキのサンダルを突っかけて洗濯物を干しに出た。わっ、まぶしい。わたしは、遮るもののなにもない、明るさのまんなかに立ったと思った。晴れの日だなと思った。晴れの日が晴れてよかった。
キジバトの鳴き声が聞こえた。デデッポー、デデッポーポー、近所の児童公園のこんもりとした深みどりの茂みから。不意に日が陰ったような気がした。キジバトの鳴き声が深みどりの茂みのひんやりとした薄暗さを運んだようだった。ああ、それと、静けさも。よるべなさも。おぼつかなさも。
わたしはふしぎそうに首をかしげた。母がわたしのヴェールを下ろしたとき、同じ感覚がやってきたのだった。デデッポー、デデッポーポー。ご丁寧にもキジバトの鳴き声まで聞こえた。
けれどもしかし、花婿がヴェールを上げたら、わっ、まぶしい、わたしはやはり明るさのまんまんなかに立っていた。ひんやりとした薄暗さがぐんぐん飛びすさっていく。静けさも。よるべなさも。おぼつかなさも。
わたしは今もふしぎそうに首をかしげる。折々キジバトは鳴くのだが、どれもいつのまにか飛びすさる。そんな話をかつての花婿にしてみたら、そらそうだろう、と高笑いをしやがった。
作家。1960年北海道生まれ。デビュー作は『コマドリさんのこと』(2003年)。『田村はまだか』『満潮』など数々の人気作を手がける。昨年、『平場の月』で山本周五郎賞を受賞。実はお笑い好きの一面も。「和牛にハマっています」(本人談)
オフホワイトのドレスと
1枚のヴェールが生む光の表現
〈ノバレーゼ〉の今季のテーマは「光」。光が描く曲線はドレープやラッフルに姿を変え、淡く広がる光暈(こううん)や光の残像はプリントに。織り込まれた細幅のレースやビーズのライン刺繍が、光線となってドレスを彩る。
「夕暮れ時の交差点で目にした信号の灯りが始まりでした。光が流れていく様子がラッフルの裾みたいに思えたんです。想い出とリンクするような光の残像や、光と影の関係性。ポジティブさだけが全面にあるのではなく、ほろ苦さの向こうに大きな幸せが存在したり…。深みがあるからこそ、いっそう特別で現実的なものとなる輝き。光にまつわる様々な物語をフィルターに表現しました」とディレクターの城昌子さん。
装飾を削ぎ落とした、モダンでエレガントなシルエットの〈キャロリーナ・ヘレラ〉のボールガウンには、こぼれる光が幻想的なヴェールを合わせて。ヴェールは「日常では、着用する機会がほとんどないアイテムですよね。チャペルで花婿に歩み寄る、ほんの短い時間に初めて経験するチュール越しの視界。それは花嫁だけに与えられた特権です。儀式的にもヴェールアップで2人の壁はなくなり切り替わるのですが、靄は消え、心の霧がすっと晴れるような瞬間なのかもしれません。ぜひヴェールをまとって、人生最大のドレスアップを楽しんでみてください」
〈ノバレーゼ〉ブランドディレクター。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ美術学校卒、プレタポルテのデザイナーなどを経て現職。ドレスやテキスタイルのデザイン、バイイングにスタイリング、ブランドのディレクションを行う。
Photo:(landscape)Yuka Uesawa Text&Edit: Aiko Ishii
2023年4月号
2023年3月10日発売