作家、朝倉かすみが綴る全7話のウェディングモノローグと〈NOVARESE〉のドレススタイル。自分らしい、自由なブライダルを叶える、連載ストーリー第2回。
ノバレーゼ × 朝倉かすみ 連載短編小説 monologue:my wedding stories 第2回「満月」
第2回
「満月」
わたしが花嫁になった夜は、黄身のような月が出ていた。まるく、ぷりんと盛り上がり、やさしく、淡い黄色をし、夜道にたたずむわたしのうなじを明るく照らした。
とはいえ平凡な出会いである。お互いの友人がカップルで、揃って世話好きだったのだ。とくに頼みもしないのに賑やかなスペイン居酒屋にて引き合わされた。
彼は少し遅れた。やー、どうも失礼しました。だれにともなくそう言って、わたしの向かいの席に腰を下ろした。からだを半分ひねって黒い書類かばんを荷物置きのカゴに入れ、さてというふうに体勢を戻したら、目が合った。このときは、なんということもなく微笑し合った。
カチンとグラスを合わせ、香りのついた白ワインをひと口飲んで、また目が合った。さりげなく視線を外し、また合うというのを繰り返すうち、最寄り駅が同じと知った。
駅には出口が二つあった。ロータリーのあるほうとないほうで、どちらの出口を使っているかの話になり、ロータリーの話になり、楕円形の中央島の話になり、中央島に植わっている、たいそうみごとな枝ぶりの大きな木の話になった。なんという木かは樹名板にでかでかと書いてある。
「あれって」
と、わたしは言った。
「クスノキなんですよね」
「クスノキですね」
彼は言い、こう付け加えた。
「ぼくは心の中でナンジャモンジャと呼んでますが」
あ、とわたしの口がひらいた。
「わたしも。わたしもです」
二軒目のバーはふたりで行った。高いスツールに腰かけて、泳ぐような会話をした。話題が途切れ、息継ぎするたびスーッとひと掻き、前に進んでいくのだった。肩と肩とが何度か触れた。カウンターの下では膝と膝が。
帰りの電車は混んでいて、話はほとんどできなかった。並んで吊り革を持つわたしたちが暗い窓に映った。ガタンゴトンと揺れる車内で、ふたりとも足を踏ん張っていた。
最寄り駅で降り、「ナンジャモンジャ、ナンジャモンジャ」と大きなクスノキを指差しながらロータリーを迂回し、コンビニと和菓子屋のあいだの通りを直進、クリーニング店の前で別れた。彼は右折し、わたしは少しのあいだ、彼の背中に目を凝らした。次に会う約束はできていた。おやすみなさい、また明日。わたしたちはそう言い合って、手を振った。
翌日会い、その翌日もまた会って、一年経った。結婚式は明日なのだが、わたしが花嫁になったのは、初めて会ったあの夜だった。あの月光がわたしの内に染み込んで、光を放つまで一年かかったということだ。
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朝倉かすみ
作家。1960年北海道生まれ。デビュー作は『コマドリさんのこと』(2003年)。『田村はまだか』『満潮』など数々の人気作を手がける。昨年、『平場の月』で山本周五郎賞を受賞。グリーンが好きで多肉植物の水耕栽培に挑戦中。先日のtwitterには「食べた実の種から芽が出た枇杷」の写真も!
内なる光を放つ
シルクオーガンジーのドレス
夢みるようにしなやかに流れるドレープ。うねりが生み出す柔らかな光と影は、何層にもたたえられたパールの深い輝きを思わせる。
「レースをあしらったビスチェトップに、上質なシルクオーガンジーを使ったソフトAラインのスカートを合わせました。トレーンを引く裾に向かってハーフバイアスで仕立ててあるので、緩やかな広がりから自然なうねりが生まれて、まるで内側から発光しているかのような美しさがあります」とディレクターの城昌子さん。
ドレスを身につけたとき、そして写真におさめたときにも、着る人を最大限に彩る“白”の表現。
「ドレープに浮かび上がる質感や、その陰影がどれほど綺麗に見えるか。白だけの表現になりますから、素材を選ぶ際にそれが大きなポイントになります。シルクオーガンジーのスカートからはふわりとまろやかな光が放たれ、合わせたビスチェには線上の光線をイメージしたビーズ刺繍の細幅レースを重ねてあります。布のうねりも、スカートがなびく姿も美しいすっきりとしたシルエットは、着る人が主役になれる1枚。花嫁自身の、内面からの輝きを映し出すドレスになればと願っています」
ドレス¥420,000*購入価格、¥250,000*レンタル価格(ノバレーゼ)、イヤリング¥120,000*購入価格(ジェニファー・ベア|以上ノバレーゼ銀座)
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城 昌子
〈ノバレーゼ〉ブランドディレクター。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ美術学校卒、プレタポルテのデザイナーなどを経て現職。ドレスやテキスタイルのデザイン、バイイングにスタイリング、ブランドのディレクションを行う。
問い合わせ
ノバレーゼ銀座
Tel. 03-5524-1117
Photo:(landscape)Yuka Uesawa Text&Edit: Aiko Ishii