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江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO 最終回』――すべての条件が揃うタイミングはやってくる

江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO 最終回』――すべての条件が揃うタイミングはやってくる

東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。


#10 Moon River

窓から外を見下ろすとまだ道の端に雪が少し残っているのが見えた。

「今日も来ますかね?」

「大体水曜はいつもいるから来るんじゃない?」
僕がこのバーに通い始めたのは半年前からだ。阿佐ヶ谷駅の改札を抜けて北口からスターロード商店街入ってすぐを2階に上がったところにある。

オープンしたばかりの時間はまだ店内に僕と常連のAさんだけだった。Aさんはいつもスーツ姿でこの店に来ているが普段どんな仕事をしているかは一度も話したことがない。歳は僕よりも10個上だったが映画や音楽の話で気が合いすぐ仲良くなった。それでもこの店の外で会うことはまだ一度もない。

「今日もしあの子が来たら連絡先どうにか聞きたいんですよね」

「そうねぇ。お、今日はティファニーで朝食をか。久々に観るなぁ」

Aさんはいつも店内のテレビで流れる映画を観ながらビールかハイボールをガブガブ飲んでいる。

「ちょっとAさん!話聞いてくださいよ」

「ごめんごめん。で、連絡先聞いてそっからどうすんのよ?」

「いやそれは聞いてから考えようかなと。どうすりゃいいすかね?」

「とりあえずデートじゃないか? お前行きつけの店とかは無いの?」

「うーん、この店ぐらいですよ」

Aさんはハイボールのおかわりを頼んでタバコに火を点けた。

「そもそもどうやって連絡先聞き出すつもりなの?」

「余計なことは言わず『LINE交換してください!』ですかねぇ」

「お前がそのセリフ言えてるの1ミリも想像できないな」

「俺もそう思います。なんかいい方法ありますかね?」

「とりあえず共通の話題見つけるのが早いんじゃないか?」

「共通の話題かぁ。今のところ音楽の話したぐらいだしなぁ」

「お、じゃあライブとか誘えばいいじゃん」

「そうなんすけど彼女古い音楽好きみたいで最近のはあんまり聴かないらしいんですよね」

「それならお前が好きなバンドのライブに一緒に行けばいいんじゃないか?チケットも先に2枚取っちゃってさ」

僕はポケットからiPhoneを取り出して好きなバンドのスケジュールを確認してみた。ちょうど近いうちに渋谷でライブがあることが分かった。

「おぉ!ちょうど都内でライブやるみたいです!」

「いいじゃん。いつぐらい?」

「えーっと、あ、2月14日すね」

「バレンタインデーかぁ。いいじゃん」

「いやぁちょっとさすがに初デートがバレンタインデーはなんか求めてるっぽくて気まずくないですかね?」

「実際求めてるんだからいいだろ!何食わぬ顔して誘っちゃいなよ」

「うーん。どうしよ」

空のカクテルグラスを見つめながら悩み倦ねいていると、ふと疑問が浮かんだ。

「そういやAさんって彼女とかいるんですか?」

「彼女っていうか奥さんいるよ。子どももいるし」

「マジすか!そうだったのかぁ。どれぐらい付き合ってから結婚したんですか?」

「大体1年ぐらい付き合って同棲して1年ぐらいで結婚したよ」

「ちなみに付き合ったキッカケはどんな感じすか?参考までに!」

「まぁ俺が一目惚れしちゃってアタックしまくったって感じかな」

「え!ちょっとそれ詳しく教えてくださいよ!」

「まぁまた今度な。お、このオードリー何度見ても可愛いよなぁ」

Aさんがまた映画を観だしたので僕も一緒になってテレビの方を見ていると店の扉が開く音が聞こえた。見るとそこには彼女が立っていた。


Inspired song

江本祐介 Yusuke Emoto

1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。emotoyusuke.com

Text: Yusuke Emoto Illustration: Naoya Sanuki

2019年3月号掲載

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