東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。
江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO Vol.7』――待ち人来ずとも…
時計を見上げるともう約束の時間から1時間以上過ぎていた。昨日の夜にしばらく会ってなかった友人から来た突然の誘いに乗ったものの完全に待ちぼうけを食らってしまった。あぁこんなことなら用事があることにして家でのんびり過ごせばよかった。なんて思いながら辺りを見回すと道路沿いにベビーカステラの屋台が見えた。お腹も空いてきたしとりあえずそれを買って食べて待つことにした。
屋台に近づき覗いてみると休日の割に随分と暇そうで店主は退屈そうに座って何かの雑誌を読んでいた。目の前にいる私の様子には気づいていないようだった。
「すいません、この12個入りのやついいですか?」
びっくりした様子の店主は読んでいた雑誌をサボってないと言わんばかりに急いで椅子の下に隠した。
「あっ!えーっと今ここの人居なくって、すぐ戻ってくると思うんですけど」
顔を上げたかりそめの店主はタオルを頭に巻いていたので気づかなかったが思ってたより随分若い青年だった。彼は目を細めて公園の時計を見ると
「あれ?もうこんな時間か。すぐ戻ってくると思うんでちょっと待っててください!」
別にベビーカステラをどうしても食べたいというわけでもなかったが他に行くあてもないのでそれならと少し待つことにした。
「お兄さんはバイトかなんか?」
「いやそういうわけでもないんですけど……ここ先輩がやってて急に呼び出されたと思ったらすぐ戻るから店番してろって。つっても何もできないんですけど」
せっかくの休日で天気のいい代々木公園で溢れんばかりに人がいる稼ぎ時にもったいないなぁと思ったが、私も人のことが言えるような状況ではないなと思った。
「お姉さんは一人ですか?」
「友達と待ち合わせしてるんですけど約束の時間過ぎても全然来なくって」
と言いながら公園の時計を見るとさっき見た時間と変わってないことに気づいた。
「あ、あの時計止まってない?今何時?」
「え?ほんとだ!」
彼が割れたiPhoneの画面をこちらに向けて見せてくれたのだが待ち受け画面が可愛い猫をのろけ顔で抱きしめている彼の写真だったので思わず笑ってしまった。
「その猫めっちゃ可愛いね。飼ってるの?」
「あーいやこれここの公園に居ついてる猫なんすよ。こないだ友達と遊んでたら近寄ってきて。超可愛いですよねぇ」
画面の中と同じ顔をしてiPhoneの画面を見ている彼を見ながら何にせよ約束の時間には遅れている友達のことを思い出した。iPhoneを鞄から取り出し見てみるとLINEの通知が来ていた。〝ごめーん!急用入って今日行けないかも!今度埋め合わせする♡〟とのこと。なんてこった。思わずため息をついてiPhoneをしまうと
「え?なんかありました?猫嫌いでした?」
「いや猫は大好き。今友達から連絡きたんだけどドタキャンされちゃって。もっと早く言ってくれよぉ」
「それはきついすね。俺も先輩帰って来ないしどうしよ」
と話していたところで本物の店主が戻ってきた。
「ごめん!ちょっと用事長引いたわ!ほれ小遣いやっから」
頭にはタオル、無精髭に海人と書いたTシャツを着た店主。屋台の主はいつだってこうであってほしい。
「あれ?お客さん?待たせちゃってごめんねすぐ作るよ!お姉さん可愛いからおまけしちゃう!」
可愛いかどうかはわからんが待たされたしとりあえず黙って笑顔で頷いた。
「よっしゃやっと解放された!また猫に会いに行こーっと」
「あ、私も猫見たいかも。近くにいるかな?」
「おお!じゃあ一緒に探しましょう!こないだは噴水の近くで人間に媚びてましたよ!」
「おうじゃあこれ持ってけ!」
といいパンパンにベビーカステラが詰まった紙袋をベビーカステラ屋の海人から受け取ると私たちは猫を探しに代々木公園の噴水めがけて歩き出した。
Inspired song
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江本祐介
1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。emotoyusuke.com