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松田聖子の80年代伝説Vol.13 聖子さんが主役のオムニバス映画的な10thアルバム『Windy Shadow』

松田聖子の80年代伝説Vol.13 聖子さんが主役のオムニバス映画的な10thアルバム『Windy Shadow』

昭和から令和へと変わってもトップアイドルとして輝き続ける松田聖子さん。カセットテープ1本から彼女を発見し育てた名プロデューサー・若松宗雄さんが、24曲連続チャート1位という輝かしい伝説を残した松田聖子さんのシングルと名作アルバムを語る連載。80年代カルチャーで育ったライター・水原空気がインタビューします。第13回目は10人の聖子さんが登場するオムニバス映画的な10thアルバム『Windy Shadow』について。

前回の、永遠に歳を取らない理由が隠された9thアルバム『Tinker Bell』も合わせてチェック。


『Windy Shadow』1984年12月8日発売。6曲を大村雅朗がアレンジし、2曲を佐野元春がHolland Roseとして曲提供。細野晴臣、杉真理、林哲司、矢野顕子、NOBODYといった作家陣の名前を見ただけでも垂涎。80年代中期のシンセと生音がミックスされたポップなサウンドの中で、松本隆の歌詞がオムニバス映画のような物語を展開する。

ライター水原(以下M) このアルバムからジャケット写真が篠山紀信さんの撮影になりました。

若松さん(以下W) そう。『青い珊瑚礁』のジャケットも篠山さんだけど、篠山さんは一瞬の表情や動きを掴まえるのが上手いから。新鮮さを出したくて。『Windy Shadow』というタイトルも瞬間のキラっとした感じを表現したかったんです。

M この作品は、歌詞もポップなジャケットも含めて、アメリカの雰囲気がします。ちょうど同時期に、翌年発売された『SOUND OF MY HEART』をニューヨークで録っていましたよね?

W 確かに。聖子で洋楽アルバムを作ったら面白いと思って、CBS・ソニーの洋楽部門のスタッフに、ビリー・ジョエルやアレサ・フランクリン、サイモン&ガーファンクルのプロデュースをしていたフィル・ラモーンを紹介してもらったんです。

M やはり極秘プロジェクトだったんですか?

W いやいや。普通に社内のスタッフは知っていたし、松本隆さんや大村雅朗さんにも近況として話していた気がします。

M そのせいか冒頭から『マンハッタンでブレックファスト』。熱いカフェオレとトーストを食べたくなります。ニューヨークじゃなくてマンハッタンなんだなぁ、おしゃれだなぁって憧れました。聖子さんが作曲した『薔薇とピストル』も映画的。珍しく一人称が「あたし」でテキサスの女の子の話。

W このアルバムは冒頭から洋楽的でポップ。歌詞も映画のようでした。「ニューヨーク」や「アメリカ」をテーマに立てたりということはなかったけど、当時は80年代の真っ只中でPOPな世界がみんな気になっていましたからね。

M 大村さんもこの後、80年代後半に渡米されていて。『ハートのイアリング』を作曲した佐野元春さんに至っては、この年の6月までまさにニューヨークに1年滞在されていました。

W そうですね。大村さんも当時からよくアメリカによく行ってたしね。行くたびにサウンドが進化して。意図した訳ではないけど、そういう空気感が自然と集まっていたのかも。

 

明るく雄大なサウンドの
爽やかな失恋ソング。

松田聖子の80年代伝説|ハートのイアリング|ジャケット

『ハートのイアリング』1984年11月1日発売。作曲のペンネームは、佐野元春のラジオ番組のリスナーが、ホール&オーツをHolland Roseと聴き間違えたことにちなむ。ラジオ好きな佐野さんらしいエピソード。イアリングは「ヤ」ではなく「ア」。「ダイアモンド」「ブラッサム」などと同じ若松さんのこだわり。「長調的な響きが聖子っぽいからね」。揺れ動く乙女心をスクリューの不調に例えたB面の『スピード・ボート』も秀逸。

M 佐野さんにオファーされた理由は?

W メロディメーカーで、新しい音楽を取り入れて人気も実力もありましたから。しかも他のアーティストへの楽曲提供はほとんどなかった。で、ダメもとで事務所にオファーしたんです。するとすぐに当時青山にあったエピック・ソニーでお会いすることができて、15分くらい話したのかな。もしかしたら立ち話だったかも(笑)。そしたら「OK、もちろん書くよー」ってその場でね。

M えっ、そんな短い打ち合わせだったんですか?

W そう。打ち合わせ、あまり長くしすぎない方がいいんですよ。長く話すとあれこれイメージを限定しちゃうから曲がつまんなくなる。

M この曲は少し佐野さんの『Someday』の香りもします。

W やっぱり佐野さんと大村雅朗さんのコンビだから自然と似るけど、音楽は娯楽だから境界線を作らずに楽しむことが大切ですから。

M このアルバムは歌詞の当て書き感もすごいです。聖子さん自身も当時のインタビューで『銀色のオートバイ』の歌詞の気持ちがよくわかると。『Star』も歌手の歌ですよね。少しちあきなおみさんの『喝采』にも通じるような私的な世界観が新鮮で。

W 松本隆さんがマンネリ化しないように、その都度いろんなボールを投げてくださっていたからね。

M 若松さんは当時聖子さんがマスコミで話題になったときは、どんなことを思っていたんですか?

W 聖子は竹を割ったような男っぽい性格のところがあるから、ある面、不器用なんです。だから、ぶつかるときは、ぶつかっちゃう。真っ直ぐに進めば、向かい風ですから。逆に言えばサバサバした性格だから、ここまで前向きにやってこれたとも言えるよね。引きずる性格だとこの世界は難しいから。

M 何かアドバイスしたり?

W いやいや、何も言わない。会っても「最近どう?」って言って雑談するだけ。遠くからそっと見守ってました。元気なら何事も前向きに乗り切っていく強さを持ってる子だから。もちろん具体的な相談があれば、ちゃんと話しますよ。だから、きっと歌の世界の中で気持ちを発散させていたんじゃないかな。

M 聖子さんって、子育てもして夢も実現して、80年代以降の女性の自立もリードしたと言われていますが。

W 聖子自身は無我夢中で一生懸命生きていただけで、本人の中にそういう意識はあまりなかったんじゃないかな。深く考え込まずに突き進んで、思うがままにね。それが歌からも発散されていたよね。

M このアルバムでは矢野顕子さんが『そよ風のフェイント』で初めて曲提供されていますね。

W 矢野さんの独特の世界が大好きでね。1985年の『The 9th Wave』の中の『両手のなかの海』や2000年に出したシングル『上海ラヴソング』でもそれぞれ曲や詞を書いてくださっている。『上海ラヴソング』はライブでもすごく人気があると、あの頃聖子自身が言ってましたね。聖子は矢野さんの世界も自分のものにしちゃうからすごいよね。

M 『MAUI』でのNOBODYの起用も意表をつかれました。

W 大村くんがその頃よく一緒に仕事していて、それで紹介があったと記憶しています。旬でしたからね。いいなと思ったらどんどん参加していただいて。ロックな要素もプラスされました。

M 『ピンクのモーツァルト』にはどんな思い出がありますか?

W モーツァルトは私が大好きだから。一日中聴いていても飽きない。日本人に合うし、繊細で品もある。人間が生きているなかで命の真ん中に突き刺さるような感じさえします。それで当時「今度の聖子はモーツァルトかなぁ」と思っていて。西麻布のカフェで細野晴臣さんと松本隆さんと打ち合わせをしたんです。でも当時ケータイがないから、1時間位待たせちゃったんだけど、お二人とものんびり待ってくださっていた。そのときに「モーツァルトってタイトルに入れたくて」とお話ししたら、細野さんが「じゃあ、ピンクのモーツァルトはどう?」と。

M アリスの次はモーツァルト?

W いやいや。そこは全然意識してない。脈絡はないの。いつも一陣の風のような思いつき(笑)。何がそのときの聖子に合うかなーと。

 

ビッグウェーブが
華やかに弾ける9月の名曲!

松田聖子の80年代伝説|ピンクのモーツァルト|ジャケット

『ピンクのモーツァルト』1984年8月1日。松本隆作詞、細野晴臣作曲、細野晴臣・松任谷正隆編曲。ご本人出演のカネボウ『BIO ファンデーション』のCMソングとしても話題をさらった。アルバムとシングルで微妙なバージョン違いが存在するが、「その辺は記憶が無くて。CD化した際に別の担当が差し替えたりということはあったかもしれない。もしもストリングスが派手になっているなら、自分もそちらのバージョンが好きですね」と若松さん。

M 『ピンクのモーツァルト』B面の『硝子のプリズム』もいい曲です。松本さんと細野さんは詞先が多かったみたいですね。

W そうかもしれない。はっぴいえんどの頃からの流れですかね。♪赤・橙・黄・緑・青・藍・紫〜という歌詞も面白いよね。

M 物理用語が歌詞になったりするのは、もう松本さんならでは。しかも細野さんの曲にぴったりと合っている。一方で歌謡曲って、セクシャルなダブルミーニングが込められていたりしますよね?『ピンクのモーツァルト』もそうですが。

W どうですかねー。松本さんなりに冒険したかったのかな。

M 石川さゆりさんの『天城越え』とか吉田拓郎さんの『りんご』とかSPEEDの『Go! Go! Heaven』とか、他にも世の中にたくさん。

W 『ときには娼婦のように』という曲も大ヒットしましたね。

M 制作側としては、そこは少しやりすぎ、とか何か匙加減はあるんですか?

W うーん、プロデューサーってサウンドにこだわっても意外と歌詞に無頓着な人が多いから、内容をスルーしてる可能性さえあります(笑)。本当は歌詞が一番大事なんだけどね。でも艶っぽい表現は「芸ごと」のひもの部分ですから、あんまり削ったりしたくないよね。聴き手の解釈に預けつつ、なるべくそのままにしたい。

M あんまり整えてはいけないと?

W そう。しょせん人と人の恋のお話ですから。昔、キャンディーズのときにお仕事をした作曲家の三木たかしさんが「ヒット曲は『ぶざま』でないと」とおっしゃっていたんです。不恰好でもガーっとはじけてエネルギーが発散されてる方がいいと。その方がみんな気持ちを乗せやすいし。聖子だけでなく小田和正さんにしても松山千春さんも井上陽水さんも、みんなそう。結局「人の魅力」と一緒。あとは「あの人普段はそつがないのに、突然なんであんなことしちゃうんだろう」っていう瞬間に案外愛嬌を感じたりもするでしょう。ちょっと隙があったり、愚かだったりね。そういうところにみんな惹かれる。芸は人なりなんですね。

M 『Star』は名バラードの一つですが、聖子さんにしか歌えない曲です。スターの本音や隙が見えて、まさに聖子さんそのもの。このアルバムは、ずっと映画みたいな物語性のある歌が何曲も続いて、最後にご本人がオーバーラップして心を鷲掴みにされるという。

Wこちらも、こういう歌を投げたら聖子が救われるんじゃないかな、とか思いながら新しい曲を考えてましたからね。もちろんアルバムの曲順も含めて。

Mそうだったんですね!! 次回は女性作家が歌詞を書いた11thアルバム『The 9th Wave』についてぜひ。

Profile

若松宗雄/音楽プロデューサー わかまつ・むねお

一本のテープを頼りに松田聖子を発掘。芸能界デビューを頑なに反対する父親を約2年かけて説得。1980年4月1日に松田聖子をシングル『裸足の季節』でデビューさせ80年代の伝説的な活躍を支えた。レコード会社CBSソニーではキャンディーズ、松田聖子、PUFFY等を手がけ、その後ソニーミュージックアーティスツの社長、会長を経て、現在はエスプロレコーズの代表に。Twitter@waka_mune322、YouTube「若松宗雄チャンネル」も人気。

Text: Kuki Mizuhara Photo: Miyu Yasuda

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