15 Mar 2019
シティガール未満 vol.1 ーー「渋谷西村 フルーツパーラー」にて

上京して6年目、
「クリームソーダの緑と服の赤がすごく良いコントラストですね」
編集者さんが私の着ている真っ赤なカーディガンを指して言う。
テーブルの上にはクリームソーダとコーヒー、GINZA2月号。スナップ写真がコラージュされた表紙のコピーは「今日、なに着てる?」と問いかけてくる。
私は今、渋谷の西村フルーツパーラーでクリームソーダを飲みながらGINZAの打ち合わせをしている。しかも担当編集はかつて人気を博した連載『自由すぎる私服スナップ』でお馴染みの編アシKOさんだ。
私は以前からKOさんのファンで、『自由すぎる私服スナップ』はもちろん、現在編集を担当されている『GINZA女子の1ヶ月着回し』も愛読し、インスタもチェックしている。
でも私はファッション系の媒体で書いたこともない、売れてもいないライターだから、GINZAもKOさんも雲の上の存在だと思っていた。なのでKOさんから突然メールが来た時は、まず夢ではないことを確認した。あんなにメールひとつでドキドキしたのは、高校生の頃好きな人から初めてメールが来た時くらいだ。結局あの人はクラスのみんなにメールを送っていただけだったが、今回は違う。
私は今、渋谷の西村フルーツパーラーでクリームソーダを飲みながら、KOさんとGINZAの打ち合わせをしている。これはもうシティガールを名乗ってもいいのではないだろうか。
「写真撮っていいですか?」と、KOさんはクリームソーダ越しに私の赤いカーディガンをiPhoneのカメラに収める。
こんなふうに、相手が先に写真を撮り出してくれると助かる。というのも最近、インスタ映えを意識し過ぎるのはダサいという風潮のせいで、人といる時に食べ物や飲み物の写真を撮ることに抵抗がある。別にそれほどインスタに凝っているわけではないし、何十枚も撮って相手を待たせたりするわけでもないのだが、自分でもインスタ映えを意識し過ぎるのはダサいと思っている節があるので、そう思われたくないという自意識が邪魔をして撮れなかったりする。特に初対面の人や仕事の場だとなおさらだ。
でもこの人は、そんな私のインスタ自意識を軽々と越えてくる。じゃあ私も、とクリームソーダ越しにKOさんのピンクのセーターが映り込むように写真を撮った。
そういえば、私にはGINZAにまつわる長年の疑問があった。きっかけは数年前、イラストレーター兼ライターの知り合いとよく読む雑誌の話になった際に、私が地名の銀座と同じイントネーションで「GINZA」を挙げたら、GIにアクセントを置くイントネーションで訂正されたことだった。ネットで調べても正確な情報には辿り着けず、どちらが正しいのかずっと気になっていたのだが、KOさんの発する「GINZA」は全て地名の銀座と同じだ。GINZAの編集者が言うのだから確実だろう。
「GINZAの読者って、実際GINZAに載ってるようなブランドの服を買ってるんですか?」
もう一つ、長年の疑問をぶつけてみる。
私自身もGINZAをはじめとするモード誌をいくつかチェックしているが、載っている服はとても買えない。GINZAの主な読者層である20代から30代の女性の平均賃金や、ファストファッションの流行などから考えても、毎月のようにハイブランドの服を買える人は多くないのではないか。
「でも、イマジネーションは生まれるじゃないですか。いつかこんなふうになりたいなあ、みたいな」とKOさんは言う。目尻に引かれたシルバーのアイラインが印象的だ。人と目を合わせるのが苦手な私でも、目を見たくなるような輝きを放っている。
「そうですよね。私も、買えないのになんでファッション誌を読むのかって聞かれることもありますけど、見るだけでも楽しいし、夢がありますよね」
雑誌はカタログではないし、掲載されている服を買うことだけが目的ではないのだ。少女漫画に出てくる女の子が片想いの相手について「見てるだけで幸せなの」と言う気持ちに似ているかもしれない。こんなふうになりたい、こんな服を着たいと思いを馳せてはページをめくり、いつかそれが現実になることを夢見ている。
打ち合わせは東京での日常エッセイの連載を、という話でまとまり、後日内容をメールで送るということで、店を後にした。
西村フルーツパーラーの前には、西武渋谷店がある。いつも用事があって繁華街に来ると、すぐに帰るのはもったいない気がして用もないのにデパートなどに寄るのだが、今日も例外ではない。まず1階のコスメ売り場を一周し、ネットで見て気になっている新作の実物をチェックする。貧乏だから、もちろんデパコスを買うことは滅多に無い。雑誌と同じで見るだけだ。
次に二階へ昇るエスカレーターに乗ると、TOGAのブーツが目に入った。黒のレザーに、特徴的なメタルバックル。履いているのは私と同世代くらいの若い女性。
TOGAは私が最も憧れているブランドで、特に靴が好きだ。でも買えないから、私は今日も某ファストファッションブランドの靴を履いている。そんなに履いているわけではないのに、つま先の傷は結構目立つ。
「夢がありますよね」
KOさんとの会話を思い出す。確かに夢はある。
でも時々、その夢は永遠に叶うことのない夢なのではないかと、虚しくもなる。私には、憧れのブランドを買える将来が約束されているわけではないし、今の状態が死ぬまで続く可能性も十分ある。一生買えないかもしれないブランドのコレクションをチェックすることに、何の意味があるのだろう。ウィンドウショッピングだけで終わる一生なら、いっそ何も見ない方がマシなのではないか。
そんなことを考えているとどんどん落ち込んでしまいそうなので、おとなしく帰って残っている他の仕事をすることにした。働かなければTOGAの靴を買えることは一生無いのだ。
最寄り駅近くのカフェで作業をする。カフェと言ってももちろんチェーン店、最低108円で居座れるミスタードーナツが最強だ。4時間かけて文字起こしの仕事を終わらせ、納品した。外に出ると、確実にこの冬一番の冷え込みだとわかるくらい寒く、そのうえ雨が降っていた。
しかしなんだかんだ今日は、午前中に一通り家事を済ませ、憧れの編集者さんと会い、GINZAでの連載が決まり、別件の仕事も終えるという、私にしてはかなり充実した1日だった。そうだ。第一回は、今日のことを書こう。
内容を考えながら足を速めると、雨が雪に変わった。初雪かと思いきや、東京では今年二度目の雪らしい。しかし私は観測上の初雪には立ち会っていないし、ちょうど初連載が決まった日でもあるので、私にとっては今日が初雪ということにしたい。それからやっぱり、もう少し夢を見ていようと思う。
絶対に終電を逃さない女
1995年生まれ、都内一人暮らし。
Twitter: @YPFiGtH
Illustration: Masami Ushikubo