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シティガール未満 vol.11──日暮里

シティガール未満 vol.11──日暮里

上京して7年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。前回はこちら


一人暮らしのシャンプーはなかなか減らない。髪が短いとなおさら減らない。コンディショナーはもっと減らない。ついでに言うと歯磨き粉が最も減らない。
もはやいつ買ったのかも思い出せないシャンプーが残り少なくなり、詰め替えを買おう買おうと思いつつ忘れ続けて1週間、ついに完全に使い切ってしまった。
今日こそは買わなければならないのだが、たまたま仕事で来た日暮里から自宅の最寄り駅に着く頃には、近所のドラッグストアは閉まっている。

日暮里駅前のドラッグストアに入り、ヘアケアコーナーに直進する。買うものは決まっているのになんとなく他の商品も一通りチェックしてから、結局いつものシャンプーの詰め替えを手に取るところまでが私のいつもの行動パターンだ。

「僕、イケメンになりたいんです」

背後から聞こえてきた低い声に思わず振り返ると、一見どこにでもいそうな文系大学生風の、しかし真っすぐな眼差しの青年が化粧品コーナーに立っていた。
東京に出て来たばかりで4月から大学生だという彼は、外見にコンプレックスがあって、とりあえずBBクリームだけでコンシーラーなどは慣れるまでは使わなくてもいいか、などと緊張した様子でBA(ビューティアドバイザー)さんに相談している。
「えっと、ベースメイクだけでも合計7000円くらいかかりますよね?」と彼は少し不安げに問う。
私も7000円くらいだった気がするなあ、と初めて化粧品を買った時のことを思い出す。

彼と同じく大学入学を機に上京した3月。寮の近くにあった中野の「ドン・キホーテ」。
女は高校を卒業したらメイクをするものだという慣習を何の疑問もなく受け入れていたくせに、メイクに関する知識が全くない上に自分に知識がないことすら気付いていない、恐ろしいほど無知蒙昧な18歳だった私は、それまで見聞きしてきた断片的な知識だけを頼りにメイク道具一式を買い物カゴに入れていた。
中学生の頃一度だけ買った雑誌『Seventeen』の専属モデルの愛用コスメ紹介ページに「マスカラはメイベリンでしょ」と書いてあったという記憶だけで〈MAYBELLINE NEW YORK〉のマスカラ、何かのテレビ番組で見た「髪色より少し明るい眉マスカラを付けると垢抜ける」という情報だけで〈INTEGRATE〉の眉マスカラ、母親が使っていたというだけで〈PALGANTONG〉のフェイスパウダーと〈ヒロインメイク〉のアイライナー、好きな芸能人であるローラがイメージモデルをやっていた〈Visse〉のアイシャドウ。あとは、〈ちふれ〉のBBクリーム、〈コージー〉のビューラー、〈KATE〉のリップ。

恐ろしいことに、自分の肌質や肌色、顔立ちなどを全く考慮していなかった。寮に帰って一人でドキドキしながら使ってみると、かなり違和感のある顔に仕上がったことは言うまでもない。

なぜそうなってしまったのか。子供の頃からメイクにはそれなりに興味があったし、綺麗になりたいといった欲望も人並みには持ってきたと思う。
しかし、高校までは校則で禁止されていただけでなく、容姿に自信がなかったので、自分がメイクなんてした日には「綺麗になりたいと思っている」「可愛くなるために頑張っている」などと思われて笑われるのではないかという不安から、メイクに一切手を出さず興味のないフリをしていた。
高校2年の夏、周りの同世代の女子がメイクをしているのを初めて見た時のことは忘れられない。休日のショッピングセンターでたまたま会った同じクラスの女子。お互いに気付いて目が合った瞬間の、白い肌によく映えたパステルピンクのアイシャドウ。学校にいる時と同じように何のためらいもなく私の名前を呼んだ、グロスで潤った唇。普段とは違う姿に、見てはいけないものを見てしまったような気がして咄嗟に目を逸らした私を、彼女は少し不思議そうに見つめた。カールした睫毛で強調されたその真っすぐな視線が、痛くて、恥ずかしくて、羨ましかった。

そんな私は大学生になって「みんなしてるから」という大義名分を得ることで、ようやくメイクを始めることができたのだった。
とはいえ、売り場にはたくさんの化粧品があったのにも関わらず疑問すら抱かなかったことを考えると、そういった事情を差し引いてもやはり思慮が浅かったのだと思う。

私とは正反対に、おそらくある程度調べた上でちゃんとカウンセリングを受けて検討している彼は正しい。その正しさと、世間一般的には男性のメイクがまだまだマイノリティである中で行動できる強さが眩しい。

彼が今日ここに来るまでの経緯について、詳しいことはわからないが、きっと今までたくさん悩んで、考えて、勇気を出してここまで来たのだろう。
もし彼が自身の容姿にとてつもないコンプレックスを抱えているのだとしたら、そんな世の中が悪いと私は思うけれど、そんな世の中でなんとか生きていくための選択なのだとしたら、その選択は否定する気になれない。
ただ、メイクをしたからといって全てが解決するほど現実は単純ではない、とも思っている。
もちろん本当に自信を持てるようになり前向きになれることもあると思うが、どう頑張っても思い描く容姿にはなれなかったり、毎日すっぴんとの落差に落ち込んだりして余計にコンプレックスを拗らせるといったこともあるだろう。男性なのにメイクをしていると後ろ指を指されることもあるかもしれないし、いかにナチュラルに、崩れにくいようにするかといった新たな悩みも生まれるだろう。
メイクの楽しさも煩わしさも生活の一部となり、多くの人は残酷なほど見た目で態度を変えるということも、メイクは必ずしもコンプレックスを克服する魔法ではないということも知った今では、勝手にそんな暗い未来も想像してしまう。

彼は迷った末に、とりあえず今日はBBクリームだけを買うことにしたらしく、化粧水と乳液のサンプルと一緒に握りしめ、
「よし!これでがんばろう!」
と、自分に言い聞かせるように大きめの独り言をつぶやいてからレジに向かった。

そんな姿を見ていると、私の勝手な想像など取るに足らないものに思えてくる。彼の素直で真面目な姿勢さえあれば、結果がどうなろうと、今日の買い物は彼の人生にとって必ず良い収穫となるのではないだろうか。

私は店を出て行く彼の背中に、初めてのメイクが上手くいくことを祈ったあと、最近気になっていた〈UZU〉のマスカラを手に取った。レジに向かう途中、心の中でつぶやいてみる。
よし、これでがんばろう。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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