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シティガール未満 vol.14──四谷三丁目

シティガール未満 vol.14──四谷三丁目

上京して7年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。
前回記事:『Vol.13──渋谷スクランブル交差点』


どうして女なんかに生まれてしまったのだろう。

生理痛が酷い時、私は本気でそう思う。それから、生理の重い人を心から尊敬する。毎月こんな痛みを抱えながら生きているというだけで偉い。激痛のあまり嘔吐したり失神したりすることもあるらしいし、生理痛のみならずその他あらゆる不調も併発していたら、と想像するだけでゾッとする。

私は今のところ生理が重い方ではないが、半年に1回くらいの頻度で、動けないくらいの生理痛に見舞われる。たいていはベッドの上でじっとうずくまり、もっと酷い時はのたうちまわり叫ぶほどであるが、2〜3時間程度で治まり、嵐が去ったように冷静になって「もし私が男だったら、いわゆる弱者男性としての生きづらさゆえ、どうして男なんかに生まれてしまったのだろうと嘆いていそうだな」などと思い直したりする。

基本的に在宅での仕事をしていることもあり、救急車を呼ぼうか迷うほどの生理痛でも日常・社会生活に支障をきたすことは少ない。しかし、運悪く外出時と重なってしまうと地獄を見るのだ。渋谷センター街のバーガーキングで2時間くらいうずくまっていたこともあるし、新宿ルミネをゾンビのように彷徨ったこともある。

今日も家を出る前から嫌な予感がしていた。こういう時に限って鎮痛薬を切らしているもので、近所のドラッグストアに寄ってから電車に乗ったが、思ったより早いペースで痛みが増し、軽く吐き気もしてきた。

この、腹に時限爆弾を抱えているような気持ち。薬と一緒に水も買ってすぐに飲むべきだった。すでに導火線に火は点いている。

最悪の事態を避けるべく、急遽四谷三丁目駅で降りて、這い上がるように地上に出た。駅前のコンビニで水を買い、新型コロナウイルス感染予防の観点から閉鎖されたイートインの、チェーンから僅かにはみ出たカウンターの隅で錠剤を流し込む。

人目を気にしている余裕などない。白昼堂々と下腹部を押さえ、老婆さながら腰を曲げて御苑方面へ歩く。その間にも痛みは増し、地面が近づいてくる。

ああ、今すぐこの手で子宮をもぎ取って新宿通りにぶん投げてしまいたい。

午後からの用事の前に気になっていたカフェで昼食をとる予定だったのに、この調子では辿り着けそうにない。今すぐ座って休める場所を求めて街を睨みつける私は、さぞかし妖怪のようだったろう。

そうして通りかかった『モスバーガー』に転がり込み、選ぶ余裕もなく〈モスバーガー〉単品を注文した。とにかく早く座りたい。頭がメニュー表に付きそうな勢いでうなだれて小銭を数える私に、「大丈夫ですか?お持ちしましょうか?」と店員さんが言う。私は力なく「はい」と答え、店員さんにトレーと水をテーブルまで運んでもらった。

それだけでも助かるのだが、テーブルに突っ伏して呼び鈴が鳴るのを待っていると、〈モスバーガー〉が運ばれてきた。先の店員さんの判断で、呼び鈴を鳴らさずに持ってきてくれたようだった。

ありがとうございます、と声を絞り出すと、涙も絞り出されてきた。

苦痛と感動という正反対の感情がせめぎ合い、私の頭に訪れる未だかつてない混沌。紙ナプキンで涙を拭い、〈モスバーガー〉を口に詰め込む。

それにしてもこのご時世、体調が悪そうな人間はもっと避けられそうなものなのに、と自分のバッグに目をやると、無造作に入れた鎮痛薬の箱が丸見えである。しかも62錠の大容量サイズ。もしかしたら財布を出す時に見て察したくれたのかもしれない。
しばらくすると薬が効いてきたのか、単にピークが過ぎただけなのか、痛みが鎮まってきた。落ち着きを取り戻した私は、とにかくこのことを書き留めなければならない、という漠然とした使命感に駆られてノートパソコンを開いたのだった。

困っている時に人に助けられた経験は、しばしば忘れがたいものになる。

あれは4年前、中目黒駅前の『サイゼリヤ』でのこと。バイト終わりにハンバーグを食べていた私は、手元が狂ってナイフを落とし、お気に入りのワンピースを汚してしまった。慌てて拭いていたその時、「よかったら使いますか?」という声がして、顔を上げると、隣のテーブルの女性が紙おしぼりを2つ持って立っていた。なんと、私のためにわざわざ取って来てくれたのだ。私は感激し、「ありがとうございます!」を3回も繰り返した。中学時代の本屋での職場体験では「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」の声が小さいと何度も練習させられ最終的には見放された私だが、この時なら一発合格だったに違いない。普段は知らない人に対して咄嗟に大きな声を出せないのに、「言わなければならない」ではなく、心から「言いたい」と思えば、自然に出るのだと知った。

そしてこの恩を忘れまいと、その紙おしぼりのひとつを開封せずに持ち帰り、文章にも残したのだった。

その紙おしぼりは今でも大事に取ってあるのだが、この話を友人にしたら「ただの『サイゼリヤ』の紙おしぼりを?」と爆笑されたことがある。また別の友人は、「そういう時に感動するのわかる」と共感しつつも「でも多分、本人にとっては大したことじゃないんだよね」と付け加えた。

確かに冷静に考えれば、大したことではない気もしてくる。この『モスバーガー』の店内はさほど混んでおらず人手が足りないようにも見えないし、私が座っているのはレジに近いテーブルだから、1回くらい店員が運ぶことはそれほどコストにはならないはずだ。ひょっとするとこれを読む人も、「泣くほどのことなのか?」と不思議に思うのかもしれない。

しかし、追い詰められた余裕のない人間にとっては、誰かの些細な気遣いや親切が、大袈裟でなく救いになることがあるのだ。
人に優しくされると自分も人に優しくしようと思える。だからやっぱり、人には優しくしないとなあ、と、心が洗われた私は柄にもなく道徳の授業みたいな気分になった。当たり前のことかもしれないが、これを誰もが当たり前だと思っていたら、こんな世の中にはなっていないはずなのだ。

用事の時間が迫ってもなお、私は感謝の気持ちを持て余していた。例の店員さんに目を凝らして考える。40代くらいの女性。パートだろうか。ただお礼を言うだけでなく、もっと何か、その人の役に立てるようなことがしたい。悩んだ末に、ネームプレートに書かれた名前をさりげなく確認し、メモを取ってから店を出た。

私には何ができるだろう。その後も考え続けていた。『モスバーガー』の本社にお礼のメールを送ること。受けた恩を、また他の人に返していくこと。例えばそうした心がけもそのひとつだろうが、こうして文章にして伝えていくことも、私にできることなのではないか。

これを読んだ人が、少しでも誰かに優しくしようと思ってくれたらいい。普段は書くことで人を救いたいだとか人の役に立ちたいなどと微塵たりとも思わないが、たまには他人のためを想って書いてみるのも良いものだ。

今思えばあの時私が漠然と感じた使命とは、こういうことだったのかもしれない。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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