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シティガール未満 vol.20──下北沢

シティガール未満 vol.20──下北沢

上京して8年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。
前回記事:『Vol.19──国立』


小田急線下北沢駅の東口を出て、いつの間にやらリニューアルしたオオゼキを過ぎると、ヴィレッジヴァンガードから銀杏BOYZの「夢で逢えたら」が聴こえてきた。そこを過ぎてすぐの「劇」小劇場の角を曲がると、向かいのたこ焼き屋でもどういうわけか「夢で逢えたら」が流れている。

下北沢にはあまり縁のない東京生活を送ってきた。古着の街、サブカルチャーの聖地などと呼ばれる街の中では、高円寺や中野に比べると下北沢はなんとなく綺麗過ぎるというか、明る過ぎる気がしてどこか落ち着かない。と、ずっと思っていたのだが、この「あずま通り商店街」のあたりは不思議としっくり来る。チェーン店が少なく、劇場や個人経営の古いお店が多いからだろうか。

確かこの辺だったよな、と去年友人に誘われて行った居酒屋を探してみる。白い壁に瓦屋根が特徴の「にしんば」。料理が美味しくて下戸に優しい居酒屋だったのだが、看板が出ておらず、中は真っ暗で人の気配もない。外に貼り紙なども見当たらず、調べてみるとどうやら臨時休業しているらしい。

2020年の初め、マスクを着けずに誰かと会ったのはあれが最後になった。

店に入ると、先に来ていた友人が真っ先に「それすごいね」と言った。私が着ていたのは、フリンジの付いた古着のウエスタンシャツ。「下北沢っぽいかなと思って」と返すと、友人は「確かに」と笑ったあとに、

「すごい、楽しませようとしてくれてるんだ」

と言った。

それほどインパクトがあるわけではないただの日常会話の断片なのに、事あるごとに思い出すような誰かの何気ない一言、というのは誰の心の中にもあると思うのだが、私にとってのその一つが、これである。

私にはそんな意図はなかった。私は私が楽しむためにその日その服を着た。何を着るかはその時の気分だけで決めることもあるが、その日の予定や会う人のイメージに合わせて考えるのが好きなのだ。行く街や観に行く映画に合いそうなコーディネートを想像するだけで胸が躍る。誰かに会う時は、相手の好きそうな服や、相手の仕事などに関連した服を着ることもある。

それこそ少し前に、元・銀杏BOYZで現在は農家兼僧侶の中村明珍さんのインタビューの仕事をさせていただいた時は、NirvanaのTシャツを着て行った。バンドと仏教の両方に関連した、これ以上ないチョイスだと我ながら感心したが、その場にいた編集者さんやカメラマンさん含め、誰にも言及されることはなかった。が、全く問題ない。まずどの服をどう合わせるかを考える時間が楽しいし、納得できる服を纏う喜びに密かに浸っているだけの、自己満足に過ぎないからだ。

とはいえ、ぴったりのコーディネートが決まることはそうそうない。そもそもそれほど幅広くたくさんの服を持っているわけでもないのに、コーディネートのテーマを決めたところで、実に曖昧なイメージしか持っていなかったり、天候やTPOなどの制限がかかったりで、大抵の場合は厳しいゲームになるからだ。実際、フリンジの付いたウエスタンシャツが下北沢っぽいかといえば、そうでもないだろう。しかし適度に難しいゲームの方が楽しいように、限られた選択肢の中でそれっぽい物を選ぶのも、また一興なのだ。

コロナ禍では ほとんど人に会えなくなってしまったが、近所に出かけるだけの誰にも会わない日でも、余裕があればオシャレをするようにしてきた。むしろ誰にも会わないからこそ、自由にファッションを楽しめる部分もある。TPOを気にする必要も、ダサいと思われないか、似合わないのではないか、などと不安になることもない。人前で着る勇気のなかった派手な服を着てみるも良し、絶対合わないだろうなという組み合わせを敢えてやってみるも良し。着てみたら案外良い、という発見は心に新鮮な風を吹かせてくれる。

ファッションにこだわる人に対して、そんなの誰も見てない、他人はそんなに気にしてない、というような言葉をよく聞くが、私はその度に思う。いや、自分自身が見てるから。自分の気分が変わるから。

私は靴を買う際、合わせやすいという理由でつい黒系を選びがちなのだが、そのせいで黒い靴ばかりになってしまってつまらない、という話をある友人にしたら、「他人の靴を見てつまらないとか気にしてる人ってそんなにいなくない?」と聞かれ、いやいや、自分がつまらないんだよ、と返したこともある。

もちろん私だって、常に自分が楽しいかどうかだけで決めるわけではない。オシャレな雑誌の編集者さんとの打ち合わせならトレンドを意識したり、仲良くなりたい人と会話のきっかけを作れそうな服を選んだりもする。たとえどんなにつまらなくても、 目立ってはいけない時は無難な格好をすることもある。そういうことも生きていく上で大切なことだから、否定するわけでも抵抗があるわけでもない。

しかしそればかりだと息が詰まってしまう。私の心には、その時の気分や直感だけに従って着たい服を着たいように着ることでしか、満たされない部分があるような気がする。だからその時間だけは、決して失いたくないのだ。

誰かのためではなく、自分のためにオシャレをする。というような言葉を最近よく聞くが、他人か自分かという二元論的な響きには違和感がある。例えば恋人に可愛いと思われるため、モテるためにオシャレをするのは、そういった文脈では他人のために分類されがちだが、結果的に自分の得になるのであれば、自分のためでもあると言えるのではないか、という疑問が浮かんでしまうのだ。逆に、自分のためだと思ってしたオシャレが誰かのためになることもあるし、むしろ自分のためにも他人のためにもなっていることの方が多い気がしてくる。

あの日の友人の言葉。ウエスタンシャツに袖を通した時点では、自分が楽しむことしか考えていなかったけれど、そんな私を見た人も楽しんでくれるなら、それはとても嬉しいことだと思った。誰にも見られなくても、好きな服を着ることは幸せだ。でも誰かに会って、もし誰かのためになれたなら、幸せは倍増するのかもしれない。

そろそろ人に会う機会も増えてくるだろうか。私は茶沢通りを横切って、インスタで見てずっと気になっていた古着屋の扉を開けたのだった。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。『TOKION』Web版にて『東京青春朝焼恋物語』連載中。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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