28 Jan 2022
シティガール未満 vol.21──代々木八幡

上京して8年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。
前回記事:『Vol.20──下北沢』
IKEAになったForever21を横目に、マスクを着けた人混みを縫ってセンター街を抜け、アップリンク跡地を過ぎると、渋谷駅前の喧騒が嘘のような静けさに包まれた。騒がしい繁華街から閑静な住宅街へと場面転換みたいに切り替わるこの瞬間にいつも、私はいま東京で生きているんだとなぜか実感する。
エントランスに入って彼女の部屋番号を押してから、ガラスのドアに映った自分を見る。ディオールの襟の大きな赤いシャツには昨日念入りにアイロンをかけたけれど、高校時代に弁当を入れていた保冷バッグはどうしようもなく色褪せている。3年間、雨風と砂埃と紫外線に晒されながら、毎日のぼっち飯を共にした相棒。卒業してからはずっと仕舞いっぱなしだったけど、こんなふうに役に立つ日が来るとは。
実家からメロンが送られてきたのは1週間と少し前のことだった。一人では食べきれないため、徒歩圏内に住んでいる友人にあげようと思いLINEを開くと、「メンバーがいません」「退出しました」の文字。Twitterとインスタのアカウントもいつのまにか消えていて、連絡手段を絶たれてしまっていた。こういうことは時々ある。SNSで繋がっているからと安心してはいけない。簡単に人と繋がれる分だけ簡単に切れる時代なのだ。本当に繋がっていたい人とは、ネットがない時代のように電話番号や住所を教え合うべきなのかもしれない。
冷凍しようにもうちのミニ冷蔵庫の冷凍コーナーは使い物にならないし、せっかくなのでメロンという口実がないと誘いづらい人に声をかけてみよう。そう思い立って連絡したのが、代々木八幡のこのマンションに住んでいる友人だ。SNS上での交流はあるものの、もう2年は会っていない彼女に突然連絡するのは少し勇気が必要だったが、「楽しみすぎるー!こんな楽しみな予定が入るなんて!!」と快諾してくれた。その返信を見た時は、思わず泣きそうになるくらい嬉しかった。他の友人にも声をかけたのだが、予想以上に乗り気で積極的に話を進めてくれた時も、泣くほど嬉しかった。
多くの人にとっては、些細なことかもしれない。そんな些細なことで喜ぶくらい、私は自分から誰かを遊びに誘うことが滅多にないのだ。
物心ついた頃から、友達に「今日遊ぼ」が言えない自意識過剰な子供だった。断られたら好かれていないのではないかと落ち込むし、断られなくても内心は嫌なのではないかと勘繰ってしまう。自分から誘った以上は楽しませる責任が発生するような気がして、その自信がないから、それほど乗り気じゃないならいっそ断って欲しいとすら思っている。
大人になってからは、スケジュール管理能力の低さも手伝ってますます苦手になった。今はちょっと忙しいからと、誰かと会う約束はつい後回しにしてしまい、気が付けば何カ月も経っている、といったことがよくある。世間では「今度ご飯行こう」と言ったきり話を進めないのは社交辞令だと思われがちだが、私のそれは違う。私は本気で行きたいと思う人にしか言わない。ただスケジュール管理が苦手なだけなのだ。「行けたら行く」も、私は本当に行けたら行くのだ。
昨日、大きなメロンを赤子のように抱えながら、私はある言葉を思い出していた。3年ほど前、エッセイストの生湯葉シホさんと会った日のこと。もちろん生湯葉さんから誘ってくれた新宿アルタ裏のビストロで、人を誘うことが苦手だという話をした時に言われた、「それは必要じゃないからだと思いますよ」。そうなんですかね、と、その時はあまりピンと来ていなかったのだが、今はその通りだと思う。
学生時代はクラスやサークルなどで定期的に友達と会う機会があったから、受身でもなんとかなっていただけなのだ。卒業してしまえば多くの場合、いちいち連絡して予定を合わせて待ち合わせをしなければならなくなる。3年前ならまだ学生の延長でどうにかなっていたのが、月日が経つにつれて友達と会うことが減ってきていたところに、コロナ禍が追い討ちをかけ、このままだと友達が一人もいなくなるのではないかと焦り始めたのが最近だった。
誰からも誘われなくなれば、自ら誘わなければならない。人間、必要に迫られれば、それまでできないと思っていたことも案外できたりするものなのかもしれない。所詮その程度の苦手さなのだと過去の自分を叱りたくもなる。メロンが傷まないうちに食べなければならないという強制力も加わったおかげで、多少無理してでも予定を空け、すぐに友人に連絡を取り、数日後にはこうして図々しくも人の家の冷蔵庫にメロンを入れさせてもらっているのだから。
一旦荷物を置いてから、私たちは富ヶ谷の成城石井に行って惣菜とバジルを買い、チーズ専門店でモッツァレラチーズを買って戻った。二人でキッチンに立って、GINZAの「キウイのカプレーゼ」のレシピを見て買っておいてくれたらしいキウイを切り、チーズと交互に並べ、バジルを散らし、オリーブオイルと岩塩と黒胡椒をかけ、彼女の実家から送られてきたというトマトも同様にカプレーゼにして、惣菜のオムそばをお皿に移し、メロンを切った。それらを全部テーブルに並べ、グラスに白ワインと炭酸水を注ぎ、『ロシュフォールの恋人たち』のサントラのレコードをかけて、一通り写真を撮ってから乾杯をした。
まさか、メロンにこんなに助けられるとはなあ。
と、炭酸水の入ったグラスを傾けながら、しみじみ思った。このメロンがなければ、会いたいと思いつつもきっかけが掴めないまま時が流れていただろう。それが思い切って誘ってみたらこんなに喜んでくれるんだ、と思えたことで、確実に苦手意識は薄くなった。
多分、私と同じように自分から誰かを誘うのが苦手な人は一定数いるはずで、実はお互い仲良くなりたいと思っているのにお互い誘えない、といったことも起こりうる。そんな悲劇を避けるためにも一歩踏み出せるようになりたい。断られたらどうしよう、というネガティブ思考はそう簡単には治らないだろうけど、きっとそうした不安を乗り越えた先に、そんなことを考えずに済む関係を築くことができるのだ。
友人の家を出て、再びセンター街を通ると、知らない男に「その赤いシャツ素敵だね。パーティーだったの?」と聞かれ、別に普段着だし、と心の中で呟いたが、でもパーティーといえばパーティーだったのかもしれないと思った。来年もメロンを送ってもらおう。いや、そんなものを口実にしなくとも誘える関係を築けるようになるべきか、などと考えながら終電に飛び乗った。
絶対に終電を逃さない女
1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。『TOKION』Web版にて『東京青春朝焼恋物語』連載中。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl
Illustration: Masami Ushikubo