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シティガール未満 vol.22──中野

シティガール未満 vol.22──中野

上京して8年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。
前回記事:『Vol.21──代々木八幡


中野駅の北口を出て、サンモール商店街の入口とその隣の「おやき処 れふ亭」を見た途端、故郷に帰ってきたような温かく愛おしい気持ちに包まれた。もはや地元よりも故郷のように思っていると言っても過言ではない。

18歳の春、私にとっての中野のイメージは限りなく真っ白だった。東京の街ごとの特色などほとんど知らなかったので、中野がどんな街なのかも全く知らなかったし、何も考えていなかった。たまたま私が大学に入る年に新しくできた学生寮の案内をたまたま見た親に勧められて渋々応募したら、10倍以上の倍率をくぐり抜けてたまたま当たった。それがたまたま中野にあったというだけだった。

案の定、寮での共同生活には馴染めなかった。動物園のように共用の廊下に面したガラス張りのリビング。盗難が多発する共同キッチン。英語で行われる週一のレクリエーション。キッチンに行きたくなくて洗面台で野菜を洗って食べ、独房のように狭い個室の備え付けの冷蔵庫にもたれて毎日発狂しそうになっていた。寮の裏の誰もいないベンチで寝た夜もあった。寮生活に良い思い出などひとつもない。しかしそれでも恵まれていた。新築でセキュリティ万全、その割に安い家賃。そして何より、中野に住めたことが、私の人生の中でも指折りのラッキーだったと思うからだ。

大学のクラスにも馴染めなかったし、サークルに入ってみたもののすぐに軋轢が生じ始めた。バイトも何をやってもうまく行かなかった。そんな毎日を、サンモールと中野ブロードウェイとその周辺を中心に何時間もあてもなくうろついてやり過ごした。「この人いつもこの辺ウロウロしてるな」という不思議な人が何人かいたが、今考えると私もそう思われていたのかもしれない。

歩いても歩いても同じような景色が果てしなく続く田舎と違って、少し歩くだけでこんなにもいろんな面白いものが見つかるということが新鮮だった。闇市の名残だと知らずにそのアングラな雰囲気にたまらなく心惹かれた飲み屋街、その中に突如現れるワールド会館の妖しい衝撃。ブロードウェイのまんだらけやアンティークショップを覗き、数百円のCDや古本、安い古着を買ったりもしたが、本当に歩くだけで、見るだけで楽しかった。

当時仲良くなった東京生まれ東京育ちの友達は、「東京はお金がないと楽しくないよ」と物知り顔で言っていたが、私にはそうは思えなかった。確かに東京には、お金があれば楽しいこともたくさんあるが、お金を使わなくても楽しいこともたくさんある。

中野の街だけは、私に何の違和感も劣等感も孤独感も抱かせなかった。東京での人生を中野で始められたから、なんとかやって来れたような気がするのだ。

去年の末、中野を舞台にした作品を書かれているある作家さんと新井薬師前から中野を歩き、気が付けば互いの中野での思い出や好きなお店などを語り合っていた、という、有名人のゆかりの街歩きみたいな出来事があった。息を吐くように次々と出てきて、自分でも思っている以上に中野にはたくさんの思い出が詰まっているのだと実感させられた。

上京して1週間後に情緒不安定になって号泣した中野サンプラザ前。初めて自分で口座を作った三菱UFJ銀行中野駅前支店。毎週のように早起きしてDVDを返却しに行ったTSUTAYA。こんなにかっこいいマンションがあるのかと衝撃を受けた中野リハイム。中二病の名残でインテリアとして2mの鎖を買ったホームセンター島忠。「もっと元気に」と注意されて2日で辞めた初めてのバイト先のバー。店名に惚れて求人に応募したくせに結局辞退した「スナック青春」。男友達に告白されたブロードウェイの出口。

こうして列挙すると小学校の卒業式みたいになってしまうが、消えてしまったものもたくさんある。中央線沿い仲間の先輩に連れて行ってもらった喫茶店アザミ、21歳の誕生日を過ごした風月堂中野店、中野通りの桜を眺めながらみたらし団子を食べた炭火焼き団子屋の縁家。築60年超えの団地のあった南口も再開発が進んでいるし、中野サンプラザももうすぐ解体される。ここ数年で、愛する街が変わっていく寂しさを知った。この程度でこんなに喪失感を抱くのなら、もっと昔から知っている街が変わっていく喪失感はどれほどのものなのだろう。

それでも中野には変わらず活気はあって、サンモールは今や原宿の竹下通りよりも人が多いのではないかというくらい賑わっている。東京の人混みやごちゃごちゃした感じを忌避する人は多いが、私は東京のそういうところが決して嫌いではない。(厳密に言えば東京都にも閑静な田舎はあるので、世間で語られる「東京」は多くの場合、山手線を中心とする一部の地域に過ぎないわけだが、ここでも便宜上その一部だけを指して東京と記述する厚顔無恥を許して欲しい。)

声を張る必要があるくらいうるさい大衆居酒屋は苦手だけど、いわゆる都会の喧騒と呼ばれる街の雑音は心地良い。押し潰されそうなほどの満員電車は嫌いだけど、座れるか座れないか程度に混んでいる電車は好きだ。人とぶつからないように神経は使うけれど、群れのように大通りを歩くのは悪くない。

去年、仕事で東京の郊外に行くことが何度かあった。都会の高層ビルの隙間から申し訳程度に見える空などと違って、広く濃い青空や海を眺め、自然って良いな、気持ち良いなと素直に思うのだが、都心に帰ってきて夜の繁華街のごちゃごちゃしたネオンや人混みを見ると、なぜだか心底ホッとする自分がいることに気がついた。

この間も祖父の葬式のために祖父母の家にしばらく泊まり、芝生に覆われた土手の桜並木を散歩したり日の当たる縁側で坪庭を眺めながら紅茶を飲んだりといった極上の時間を過ごしたというのに、やはり東京に帰ってくると、終電間際の駅前で大学生が騒いでいる光景にすら、不思議と落ち着く始末である。

それらがなぜなのか、ようやくわかった瞬間があった。ここ数年間、2ヶ所のスポーツセンターに通っていた。スポーツセンターAは人が少なく、いつ行っても女子更衣室にはほとんど人がいない。一方スポーツセンターBはそれなりに賑わっていて、トレーニング室では皆黙々と筋トレをし、更衣室ではスポーツ教室や何かの練習で集まった年配の方々や小学校の母親グループなどがお喋りをしていたりするが、私はたまに一言挨拶を交わす程度で交流は一切ない。しばらくBに通ったのちに久々にAに戻ると、なんとなく落ち着かず、Bが恋しくなった。私ははたと気がついた。これは東京そのものだと。

無数の知らない人がいて、誰かと目を合わせることもなく、すれ違っているだけの、東京。

寮生活を終えても中野を離れたくなかった私は、中野駅徒歩10分のワンルームを借りたものの、他人の気配のない家というのもそれはそれで孤独感を覚えたものだった。帰省せずに初めて一人で過ごした年末年始の、閑散とした街で過ごす寂しさには驚いた。みんなどこに行ったの。私を置いて行かないで。幼い頃に観たクレヨンしんちゃんの『オトナ帝国の逆襲』の、大人たちが消えた商店街のシーンのトラウマが蘇るようだった。

田舎でも家族や家族に近いような存在がいれば寂しくはないのだと思う。しかし、地元の飲食店に入るとそこにいる客全員が振り向いてこちらを見るようなところが本当に嫌だったし、ある程度の交流が強制される寮生活も無理だったし、自分の家族を作るイメージも湧かない。

だから私は、一人で暮らしていても、一人じゃないんだと思える東京が好きなのだ。近所付き合いもなくて、でも外に出れば人がたくさんいて、けれど誰も干渉してこない、そんな距離感に居心地の良さを見出していたのだろう。

そのことに気づいてから私はなおさら、できる限り東京にしがみついていたいと思っている。無数の知らない人がいて、誰かと目を合わせることもなく、すれ違っているだけの、東京に。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。『TOKION』Web版にて『東京青春朝焼恋物語』連載中。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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