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町山広美さんの銀座の小さな物語 戦後の銀座を知る母と訪れた「有楽座」に「日劇文化」

町山広美さんの銀座の小さな物語 戦後の銀座を知る母と訪れた「有楽座」に「日劇文化」

表通りのキラキラ、裏通りのひっそりしたところ。歩けば誰しもが主役になれるこの街では、それぞれに小さな物語がある。7人のレディが綴る、銀座の街の素敵な素敵なおはなし。

銀座と映画と映画と映画。

文=町山広美

GHQの前でね、私がサーキュラースカートをくるっとやったら、マッカーサーが振り返ったの」。最高司令官ではなく、同じようなサングラスをかけた別のアメリカの軍人がちょうど肩をかゆがっただけというのが史実だと思うが、母親は戦後の銀座をそんな風に話していた。日本橋蛎殻かきがら町の魚屋の娘で、宝塚と映画が大好き。銀座はきらきら輝く青春のステージだったのだろう。

まだ松屋や和光が米軍に接収されていたその頃に、サーキュラースカートをくるくるさせるようなおきゃんな娘のアイドルは、コーちゃんこと宝塚の越路吹雪と、ペック。『ローマの休日』でのグレゴリー・ペックに焦がれて、オードリー・ヘップバーン気分でスカートを仕立ててもらったに違いない。

よからぬ男に恋をしたが親に反対されて会えなくなった時期があり、銀座で路面電車に乗っていた彼女をその男が車で追いかけてきたという。「映画みたいでしょ」と跳ねるように話したその時もうすでに、男は私にとって、養育費をろくに払わない別れた父親でしかなかったというのに。夢見がちなことにかけては、両親は同じようなものだったが。

映画にはよく連れていってもらった。銀座が多かった。

一丁目にあった東京唯一のシネラマ上映館、テアトル東京は建物の前が広く、そこに並んで上映を待つ時からどきどきする場所だった。せりあがった前方の席、その一番前で映画に宇宙に抱き込まれる経験は人をおかしくする。

正確には日比谷だが、現在のシャンテの位置にあった有楽座で、オードリー主演『マイ・フェア・レディ』のリバイバル公開に行ったのは、同じ千代田区内の小学生だった頃。私が生まれたその年のその月の公開だったから、母親も見逃していたのだ。中学生になるとそこで、『ゾンビ』を見た。当時は話題の洋画を同じクラスの男女グループで見に行くのが恒例になっていたのだが、こわくて有楽座自慢の大きなスクリーンを見られず、咀嚼音に震え上がって想像ばかりが暴走し、大人になって見たら私の想像上映のほうがよほど残酷で血みどろでした。

これまた正確には有楽町だが、マリオンに建て替えられる前の日劇の地下へもぐると、懐深くに小さな映画館、日劇文化があった。小学生の頃は仲良しの女の子グループを、親たちが交代で映画に連れていくのがこれまた恒例になっていて、私の母親が当番の時に、ドラマ『傷だらけの天使』で水谷豊のファンになった友達の希望で、彼が主演する『青春の殺人者』を見に行った。親殺しの話で「お子さんは見られません」。母親は説得しようと頑張ったのだが。

今も銀座は、さっき見た映画で頭をたっぷんたっぷんにして歩くことが多い。路の広さがありがたい。夢見がちな親にあきれていたはずだが、たいして変わらないおかしな大人になってしまった。あの監督はどうしてあんなこと思いついたんだろうすごいすごい、いいセリフだったからもう一度頭の中で転がしたいなあええとええと、数寄屋橋の交差点をななめにわたりながら、誰かの肩にぶつかりそうになる。

まちやま・ひろみ=1964年、東京都生まれ。84年より、放送作家として活動を始め、現在は『MUSIC STATION』などに参加。本誌で『町山広美がつまづく! 男と女のエンタメ舗道』連載中。幼稚園から中学校まで、千代田区の学校に通った千代田区民。

Artwork: Marefumi Komura

GINZA2018年12月号掲載

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