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田辺夕子さんの銀座の小さな物語 この街に欠かせない、畏敬の念を抱かせる旦那衆

田辺夕子さんの銀座の小さな物語 この街に欠かせない、畏敬の念を抱かせる旦那衆

表通りのキラキラ、裏通りのひっそりしたところ。歩けば誰しもが主役になれるこの街では、それぞれに小さな物語がある。7人のレディが綴る、銀座の街の素敵な素敵なおはなし。

旦那衆という銀座らしさの大きな一部分について。

文=田辺夕子

いっぱしの中年のわたしを銀座の旦那衆は「お嬢ちゃん」と表現する。旦那にはいろいろな意味があるけど、銀座では代々店ののれんを守る主人への尊称というのが前提で、加えて旦那と呼ばれることに誰もが納得いくような存在感がある人たちを指す。たとえば街の会合に現れるや、参会者たちがイの一番にあいさつに向かう。そんな畏敬の念を抱かせる大御所だ。

銀座という商人の街の旦那衆だから、当然、顧客に対してはとても丁重に、スマートに歓待する。ところが「銀座の中の人」に対しては、だいぶ違う面を見せる。特に新しく銀座にきた人間に対しては先輩スイッチが作動し、さまざまな「ご指導」でもって若造を鍛えるのだ。そんな旦那衆から見たら銀座歴十数年のわたしは甘々のお嬢ちゃんに違いない。

銀座百点編集部で働くということは自動的に旦那衆とのつながりを持つことでもある。この街になんのゆかりもない、いわば初等教育も受けてないわたしは絶好の生徒なのだろう。折にふれ街の流儀等々について「ご指導」にあずかってきたが、十数年経ってもいっこうに成果は現れない。チコちゃんばりに叱ってばかりの旦那衆と一緒にいて、覚えているのはその好物くらいだろうか。

まず、旦那衆はそばっ食いだ。空いた時間にさっとたぐれるそばが重宝するのは江戸も今も変わらないらしい。そばというよりそば屋が好きなのかもしれない。ある旦那とそば屋に行ったとき、最初に出てきたのはそば湯の入ったおちょこと刻みねぎ。彼と店との決まりごとのようだ。素のそば湯に薬味を入れて箸でさっとかき回してくいっとあけ、「ここはかつおの漬け丼がうまいんだぞ」。結局、そばをすすることはなかった。怒涛の再開発が進む銀座では旦那衆のオアシスは減る一方で、そば屋を開業したら繁盛すると思うのだが(通し営業で昼から飲めることが必須条件)。

そして、もうひとつの好物がカツサンド。とんかつ屋や洋食屋はもちろん、とりわけ夜ふけのカツサンドを好む向きが多く、オーセンティックなバーにはかなりの高確率でメニューに載っている。しかも、「とりあえず用意しました」感はなく、看板メニューといえるほど本格的な味なのだ。ある旦那とのはしご酒、二軒続けて「カツサンドね」とのたまったときにはてっきり酔ったのかと思ったが、後のは奥様へのおみやげだった。街の会合の差し入れ等々、頻繁に登場する理由はやっぱり旦那衆が好きだからじゃないのかと勘ぐっている。

銀座は専門店の集積で、ひとつ店が去ればまた新しい店がくるという新陳代謝をくり返す宿命の街。その中で銀座らしさを保つためには街の文化を継承するシステムが必要で、旦那衆の存在もそのひとつとして、非常に大きな役割を担っているのだと思う。実際、ふっと粋な昔話を披露してくれるとき、わたしだけ聞いているのがもったいなく、記録しておく必要を強く感じたりもする。ちょっと煙ったいけど愛すべき銀座の旦那衆に心から感謝したい。でも、校了日に手みやげぶらさらげてやってくるのだけは正直勘弁願いたい。

たなべ・ゆうこ=1972年、千葉県生まれ。日本初のタウン誌『銀座百点』11代目編集長。社会人経験を経て、2004年に入社、2015年より現職。初めて担当した連載は太田和彦氏の『銀座の酒場を歩く』。ビールはサッポロ、中でも赤星が大好物。

Artwork: Marefumi Komura

GINZA2018年12月号掲載

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