06 Jan 2019
湯山玲子さんの銀座の小さな物語「マハラジャ」のカレーでスパイシーなよろこびに開眼!

表通りのキラキラ、裏通りのひっそりしたところ。歩けば誰しもが主役になれるこの街では、それぞれに小さな物語がある。7人のレディが綴る、銀座の街の素敵な素敵なおはなし。
誰かに話したい“アレ”が集まる場所。
文=湯山玲子
アレを食べに、どこそこに行く。とこれは、現代日本に生きるオトナのたのしみだが、私にとっての銀座とは、そういうアレが昔からあまりにも多く存在する場所なのだ。
記憶をたどると最初に登場するアレは、不二家のチョコレートホットケーキ。今も銀座数寄屋橋にデーンと構える不二家洋菓子店の2階のパーラーは、1970年当時の東京在住の子どもたちにとっての聖地のひとつ。なぜだか、私の通った小学校のクラスでは「不二家のチョコホットが死ぬほどウマい!」という噂がとんでもない広がりを見せていて(口裂け女の都市伝説同様、子どもの口コミ力は凄いものがある)、私も母親を説き伏せて、銀座行きを決行。どうにかそれを口にすることができたのだったが、現実の味は正直、それほどでもなかった。しかし、次の日学校に行った私は、「アレは死ぬほどウマいね」と噂の火に油を注ぎまくった。
次に登場するアレは、今、ミッドタウン日比谷になっているところに以前あったビルの地下にあったインド料理専門店「マハラジャ」で食べたカレー。子ども時分、私はカレーライスというものが大嫌いで「何でみんなが美味しいというかが、まったくわからん」という体だったのだが、ここのカレーを食べて、私はようやっとそのスパイシーなよろこびに開眼。ちなみに、わざわざそこに私を連れて行ってくれたのは、父である。子どもサービスを一切してくれなかった彼が、唯一家族を連れて出かけたのが、『007』シリーズのロードショー in 銀座だったわけで、観終わった後に必ず行くアフターが、このインド料理店だったのだ。
金銀財宝をぶちまけたようなきらびやかでエキゾチックなインテリアやインド人のウェイターは、グラマーなボンドガールがジェームスボンドと組んずほぐれつし、オシャレでスタイリッシュな車や武器や悪者満載の007映画が、現実に続いているようで、子どもの私は猛烈に銀座行きが好きになった。そして、次の日にはクラスの友達にその体験を話して聞かせる。その頃、インド料理専門店は都内でも数件しかなく、私の話を目を輝かせて聴いていた何人かは、絶対に「マハラジャ」に食べに行ったはず。
美しく、レアなものをいち早く体験し、その感想を知り合いに披露して得意になる。そういった人間のどうしようもない快感システムの舞台に、銀座はとってもフィットする。
ゆやま・れいこ=1960年、東京都生まれ。女性誌中心にコラムを執筆。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する「爆クラ!」、自らが寿司を握る「美人寿司」主宰。「男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋」ほか著書多数。
Artwork: Marefumi Komura
GINZA2018年12月号掲載