10 Jan 2019
井出恭子さんの銀座の小さな物語 何でもないことが「銀座で」と付くだけで特別に

表通りのキラキラ、裏通りのひっそりしたところ。歩けば誰しもが主役になれるこの街では、それぞれに小さな物語がある。7人のレディが綴る、銀座の街の素敵な素敵なおはなし。
女心を知り尽くす街と、私の作法。
文=井出恭子
銀座で父とレストランに行った時のこと、当時まだ大学生だった私はキラキラした大人達のいる店内を見回しながらそわそわしていました。角の立ったナプキンがちゃんと私の席にも複雑に折り畳まれていることがうれしかったり、すっと椅子をひいてくれることが落ち着かなくてトイレに立つタイミングを逃したり……。
その店では随分若い客だった私にも平等にプロの接客をしてくれることに緊張して、こちらもちゃんとプロの客にならなくてはと意気込んだのを覚えています。その場にふさわしい対応をしようとすること自体が不慣れで心もとなく、また大人びた気分にもしてくれました。結局1度きりしか行かなかったそのレストラン。何度も思い出す度に、はっきりと覚えているディテール以外は想像で埋められて、ほとんど適当に濃くなってしまったけれど、初めて大人になったことを意識した記憶です。
こうして思い出せるのは、多分そこが銀座だったから。初めて大人を意識した街。でも、いくら歳をとっても銀座の大人にも、プロの客にもなれなくて。だからいつまでも変わらずに、私にとって特別な場所でいてくれる。子どもの頃は子ども扱いされないことがうれしくて、今では大人扱いしてくれないことがまたうれしいなんて、女心を知り尽くす恐ろしい街です。
おかげで、“カツレツを食べる” “下着を買う” という、何でもないことのいろいろが”銀座で”と付くだけで、何かしら高貴な遊びをしているような気品を感じてしまう、“銀座コンプレックス”は健在です。私にとっていまだ日常の用事がない街だけに、魔法の解けないその距離感もうれしいところ。だらだらと出かけていって馴れ合いの街にしてはいけない、きちんと銀座に出かけていこう。
夜の銀座には最近になって初めて連れて行ってもらいました。想像していたよりずっと暖かくて、いつでも向き合えばまだまだ知らないことばかり。夕暮れ時に通りを一本入れば、昼から夜になる間の時間がはっきりと存在していて、その束の間に自分も変身出来るような気がしてきます。いくつになっても初めてがたくさん残っている街だから、いつまでも大人ぶった子どもの気分で出かけるのが私の銀座の作法です。
いで・きょうこ=1977年、静岡県生まれ。2002年の立ち上げ時から携わる〈ヤエカ〉での活動を経て、現在は執筆など新たな分野にも活動の幅を広げている。銀座で一番好きなお店は月光荘画材店。
Artwork: Marefumi Komura
GINZA2018年12月号掲載