笑って読める変人奇人満載の文学。書評家・豊﨑由美さんに聞く海外古典の読み方

笑って読める変人奇人満載の文学。書評家・豊﨑由美さんに聞く海外古典の読み方

1世紀以上もの間、読み継がれ愛されてきた古典文学。 その魅力について、作家、書評家、本好きスタイリストが語る。


豊㟢由美さんと読む

海外古典文学

革新性とその面白さで読者を魅了する、19世紀生まれのアメリカ、ロシア、フランス文学の傑作3選。

 

現代文学の礎にもなった 古典の傑作はこれだ!

古典には正しい読み方があるんじゃないか、感動できないとダメなんじゃないか、と、構えてしまいがちだけど、実はそんなことはないんです。今の目で、笑いながら読んだっていいんです。作家イタロ・カルヴィーノは《古典とは、人から聞いたりそれについて読んだりして、知りつくしているつもりになっていても、いざ自分で読んでみると、あたらしい、予期しなかった、それまでだれにも読まれたことのない作品に思える本である》と定義しています。つまり古典って、いつどんな時代に読んだって楽しめるものなんです。 『白鯨』は、巨大な鯨と人間が死闘を繰り広げる話。ではあるのですが、海洋冒険小説だと思って読み始めると戸惑うこと必定です。まず、船が港を離れるのが22章。それまでに書かれるのが、語り手イシュメールの来し方、彼の心の友クイークェグの冒険譚、BLかっ!とツッコミを入れたくなるような2人の出会いのエピソードなど。ようやく航海が始まっても、読者は32章で「鯨学」という壁にぶち当たり、この小説が〝鯨百科全書〟であることを知って愕然とすることになります。ここでは、鯨の仕留め方から鯨の性器の包皮のむき方まで、絶句するほどの博覧が披露される。この章でどれだけ多くの挑戦者が本を閉じてしまったことか。私は大いに笑いましたけどね。でも初めて挑むなら、鯨の雑学を飛ばして冒険を読み、面白かったらページを遡ればいい。通して読んでみると、旧約聖書を下敷きにした神話性、善と悪、自然と人間といった大きなテーマに斬りこむ批評性、多様な語りのスタイルも取りこんだ、怪物的傑作の姿に辿り着けるかもしれません。メルヴィルの小説って何度も映画化されていますけど、この作者の芯にある変な部分は未だに撮られていない。だからメルヴィルは小説で読むのが一番です!

『カラマーゾフの兄弟』の基本線は、フョードル殺しにまつわるミステリーと、バリエーション豊富なダメ男が登場する喜劇。なのですが、第2部第5編「プロとコントラ」中の「大審問官」と、前段「反逆」の難解さでも有名です。主要なダメ男は、品性下劣な父フョードル。短気で金にだらしない退役軍人の長男ミーチャ。インテリでプライドの高い次男イワン。修道院で学ぶ清純派の三男アリョーシャ。三男は非常にいい子なんだけど、父親の血をもっとも色濃くひいているという意見が作中たびたび出てくるのが気になります。「プロとコントラ」では、頭でっかちの次男と純真無垢な三男の間で、〝神の不在〟にまつわる理屈臭い問答が展開されるのですが、ここも辛かったら飛ばしてよし。19世紀ロシア文学ってとにかくみんなよくしゃべるんです。理想や100年後の話を滔々と語ってうるさいの(笑)。もう1人、忘れちゃいけないのが、下男スメルジャコフ。仔猫をくびり殺したりしていたサイコパスで、フョードル殺害事件のキーマンです。頭の切れるスメルジャコフが短気な長男を陥れるという筋立ては、現代のサイコミステリーに先んじているという意味でも斬新。ドストエフスキーって気難しそうな顔をしているけど、コミカルなシーンも得意だし、奇人変人満載のこの小説は、笑って読めること間違いなしです。

最後は、モダニズム文学の親と呼びたい、フローベールの『ボヴァリー夫人』です。退屈な亭主シャルルにうんざりしたエンマが浮気を繰り返し、ばれそうになって自殺するという物語の中に、現代文学のテクニックのほとんどが投入されているからすごい! この小説の新しさは1​6​0年以上前の男尊女卑の時代に、エンマではなくシャルルをこそ断罪しているという構図です。エンマは、恋に破れたからでも借金で絶望したからでもなく、シャルルという男に対する徹底した嫌悪感を理由に死を選ぶ。そんな理由で女性を死なせる小説を書くというのは、19世紀半ばにはかなり革新的だったはずです。『ボヴァリー夫人』からは、新しい散文の形も生まれます。第2部8章、農作物や畜産物の品評会の場面で、男がエンマを口説きにかかる会話と、演説というレイヤーの違う声を、重ねて書いていく。誰もやったことのない、そして後年の作家たちがこぞって真似する手法がここで発見されました。情報の遅延という技法も使われていて、タイトルヒロインが登場するのは河出文庫版なら26ページです。大筋を知っている現代の読者はともかく、当時の読者は、ボヴァリー夫人にはやく会いたくてイライラさせられたと思います。

私は、物語には笑いと驚きと恐怖という三つの要素を望んでいるんです。わからないことへの驚き、知らないからこそにじり寄りたくなる気持ち、これこそが、非・理解に陥りがちな世界から一歩を踏み出すのを助けてくれる。それが物語の力なんだと、そう信じています。(談)

 


豊㟢由美さん選 驚きの海外文学3作

唯一無二の物語とその革新性で 100年後の今も読者を驚かせ続ける! 時間がかかっても挑みたい長編&大長編

Profile

豊㟢由美 とよざき・ゆみ

1961年生まれの書評家、ライター。演劇やスポーツなどについても執筆する。『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、『まるでダメ男じゃん!』など著書多数。

Photo: Kaori Ouchi Illustration: Yousuke Kobashi Text: Hikari Torisawa

GINZA2019年6月号掲載

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