『神前酔狂宴』
(古谷田奈月/河出書房新社/¥1,600)
ポン、ポンと打ち合わされる柏手のように、リズムにのって物語は進む。結婚、家族、右と左と歴史と平成。結婚式場に派遣されて《幻事業の幻製造サイド》に入りこみ、《なんでみんな、結婚を披露するの?》と驚くフリーター浜野の目を通して語られる、現代日本の身も蓋もないリアル。過去は退屈なのか、名前は奪われなければならないのか、守られるべきは誰の想いなのか。どんでん、どんでん!本の中から時代が変わる音が聞こえてくる。
『穴の町』
(ショーン・プレスコット/北田絵里子訳/早川書房/¥2,500)
小説の舞台はニューサウスウェールズだが州都シドニーの気配は遠くて薄い。オーストラリアは州のひとつひとつが大きすぎる。消えゆく町について本を書く《ぼく》は、パブ経営者、バス運転手、スーパーマーケットの常連やラジオDJと言葉を交わす。ある日地面に穴が空く。境界をまたぎ越したその先、現在から振りかえる過去と歴史、人とのつながりも交わりも、あったはずのものが消失して、読み手の心に奇妙な明るさだけが残る。
『抽斗のなかの海』
(朝吹真理子/中央公論新社/¥1,700)
朝吹真理子が書く言葉は、スッとした文字のような顔をして紙の上に並んでいるけれど、目を離すとジジ……と動く。小説も、エッセイも、本の形になって届くけれど、広々とした白い箱に入れられた生き物のようだ。だから触れたら動く、読み手も動く。眼は焦点を何度も結び直し、解像度は乱高下して読書の愉悦をたっぷり味わわせてくれる。作家デビューからの10年間に書かれたエッセイ。思索と回想が挟まれながら《いま》がずっと流れている。