『デッドライン』
千葉雅也
(新潮社/¥1,450)
そんなふうに考えたことなかった。その連続だ。たとえば《食べている最中に頭の中でしゃべると、舌を噛んでしまう》。たとえば舌や唇を噛むと《男遊びができない》。語り手は哲学を学ぶ。夜の街を回遊する。彼により小説により、哲学者の思考が手渡される。読みながら、知らないことを知りたい、生きるためにそれに触りたい、と素朴に願っている。とりわけ荘子の「近さ」とドゥルーズの「動物になること」。哲学が楽しそうな顔をして現実に染み込んでくる。
『ひみつのしつもん』
岸本佐知子
(筑摩書房/¥1,600)
奇妙だ。読みはじめたときは確かに、日常に材をとったエッセイだったはず。運動不足、桃が好き夏が好き、固有名詞が思い出せない、うん、あるある。そんなひとつのコマが、岸本佐知子という書き手の脳みそを通った途端、蛇行し、急ブレーキと急発進を繰り返し、挙げ句の果てに、空へ、地球の裏側へ、飛び去っていく。妄想が妄想を呼び、言葉のつながりが笑いのスイッチを連打する。エッセイと掌編の間を往還する愉快なキシモトワールドに入り浸る。幸せだ。