『サキの忘れ物』
津村記久子
(新潮社/¥1,400)
愛とか運命とか優しさとか、そういうものは額に入れられて飾られるような立派ななりをしている時もあるけれど、喫茶店のテーブルに残された文庫本のようにひっそりと存在していたりもする。この質感が、愛である。忘れ物、目の中を滑る女友だち、野生動物に隣のビル。行列、パワースポット、ゲームブック、9つの短編の入り口は読み手の世界と地続きで、登場人物の横顔は見知った誰かによく似ている。世界へのこの信頼感が、津村記久子印なのである。
『余生と厭世』
アネ・カトリーネ・ボーマン
(木村由利子訳/早川書房/¥2,300)
72歳の誕生日、引退の日を指折り数えるフランス人の精神科医のもとに新しい患者がやってくる。「消えてしまいたい」という告白とほのかな焼き林檎の香りが医者の内側に入りこむ。目に映していた日常というフレームの外に、感情が、生活が、色づき始める。生きているのは誰か、死はどこに存在するのか。生と死が語られるなかでしばしばこぼれ落ちてしまう思いを拾い上げ、柔らかな布のような言葉で磨き上げた、静かな中編小説。