07 Nov 2020
G’s BOOK REVIEW 世界最高の短編小説家とも称されたウィリアム・トレヴァーが遺した作品集『ラスト・ストーリーズ』etc.

『ラスト・ストーリーズ』
ウィリアム・トレヴァー
(栩木伸明訳/国書刊行会/¥2,400)
アイルランドに生まれ、世界最高の短編小説家とも称されたウィリアム・トレヴァーが遺した作品集。10年間に書かれた10の短編のうちにはいくつもの時間が流れ、留まり、個人の胸の奥にしまわれていた思いの揺らぎや生活の瞬間が言葉に置き換えられてそっと差し出される。小さな謎。静かな苦しみ。時折色をかえながら、淡い光りを放つ感情が読み手を満たす。そう、共感というものはこんなふうに密やかに訪れるものだった。
『雑貨の終わり』
三品輝起
(新潮社/¥1,800)
東京西荻窪に「FALL」という店がある。器が並び、服や布がつるされ、古物や古本が置かれ、ギャラリーにもなるスペースを営みながら、店主である著者は、あらゆる物が《雑貨化》していく世界を見ている。人が、場所が、夢の国が、村上春樹が、音さえもが、《人々が雑貨だと思えば雑貨》へと変容していくさまを描くエッセイは、幻想文学のようであり宝探しの地図のようでありホラーな短歌のようでもあり、前作『すべての雑貨』に続く道標でもある。
『魯肉飯のさえずり』
温 又柔
(中央公論新社/¥1,650)
台湾で出会った母と父。日本で育った娘。結婚によって、名前も、体も、心も、時間も、自分のもののようではなくなって《みうごきがとれなくなる》恐怖にさらされた主人公は、人を縛るものと解き放つもののことを考え、守りたいものがなんであるかを思い出す。日本語と台湾語と中国語が混じりあう会話のざわめきを感じ、香菜とたくあんを添えて食べる《夢にまで見たロバプン》の匂いが漂う長編小説の内側で一瞬と歴史と人生が交差する。
Recommender: 鳥澤 光
ライター、編集者。人と人、人と物、追憶と現実の境目をなぞるように読みたい小説とエッセイです。
GINZA2020年11月号掲載