俳優、デザイナー、スタイリスト…気になるあの人は何を読んでいるのだろう? 24人によるとっておきの1冊を、心に響いた一節を添えて連載でご紹介します。
女優/芋生悠、ミュージシャン/荒内佑 etc.|24人の愛読書「私のいちばん好きな本」vol.6
南雲詩乃
〈shinonagumo〉デザイナー
favorite book
シャルロット・ペリアン『シャルロット・ペリアン自伝』
モダンデザインの名作を多数生んだ建築家シャルロット・ペリアン(1903-1999)。第一線で働く女性が珍しい頃から生涯現役を通した人生と創作哲学を、自らまとめた20世記建築史の記録。(北代美和子訳/みすず書房/¥5,400)
20世紀を代表する女性建築家が
自らの体験とデザイン哲学を綴る
2011年に神奈川県立近代美術館で『シャルロット・ペリアンと日本』を見て、作品が素敵なだけでなく、独自の思想や着眼点に共感できると知ったのが、自伝を読むきっかけです。従来の建築家は箱を設計し、インテリアは室内装飾家が担当したのに対し、ペリアンは建築の初期段階から内装と設備を計算に入れ、住む人の快適さとデザインを両立させた人。男性社会だった当時の建築業界にない女性ならではの発想だと思います。斬新さで我を通すのでなく、柔軟性と適応力を兼ね備えていた点が特に興味深い。あらためて、何かをデザインする上で内面や身近な物事を見つめ直すことは大切だと感じました。ル・コルビュジエらとの仕事はもちろん、戦前に日本各地で工芸指導した際の坂倉準三や柳宗理らとの交流も当時の写真とともに掲載。気になったことはなんでも記録するその積み重ねで、激動の時代の一代記としても楽しめます。
カラス代表
favorite book
太宰 治『走れメロス』
メロスは、訪れた町・シラクスの王の残虐な行為を聞き激怒、城に乗り込んで意見をするが、王の逆鱗に触れ処刑されることに。妹の結婚式を執り行うために身代わりに立てた親友を助けるべくメロスは走る。(角川文庫/¥362)
「文鳥文庫」誕生のきっかけに
文章の密度と疾走感を感じてほしい
15分くらいで読み終わってしまう。それでいて、とても密度の濃い物語。そこから「これは現代の忙しい社会でこそ読まれるべき物語だ」と思い、最大16ページの短編作品だけを扱う文庫ブランドを立ち上げました。そのきっかけとなった1冊なので、思い入れはかなりありますね。大人になって読み返して、アイデアが閃きました。
初めてメロスを読んだのは、高校生の頃です。みんなそうかもしれませんが、教科書で。本好きでも何でもない青年でしたが、これだけは授業そっちのけで没頭して読んだんです。それから10年後の26歳の時に、ふと読み返してみました。物語の面白さと疾走感は当時と変わらず感じられて、やっぱり良い本だなと。この一節も、メロスの荒い息づかいが聞こえてきそうですよね。人質にとられた親友の処刑に間に合わないと知らされてもあきらめない、裏切らない。今でも響く価値のある言葉だと思います。
女優
favorite book
恩田 陸『チョコレートコスモス』
演技経験がなく地味な飛鳥は、無名劇団で天賦の才を現し周囲を圧倒、業界垂涎のオーディションに参加することに。対照的な努力型美人女優の響子など、個性的な面々が演劇にすべてを懸ける姿を描く。(角川文庫/¥800)
神谷の視界から、彼が見ていた少女が一瞬にして搔き消えていたのだ。
理性はそんなことがあるはずはないと否定していたが、彼の目と意識は「消えちゃった。あの子、消えちゃった」と叫んでいる。
擦り切れるくらい読み返し
本格的に役者を目指すきっかけに
出合ったのは、高校1年生の秋あたり。ちょうど演技に興味が湧き始めた頃です。空手少女だった飛鳥が役者としての異能を見出されるのですが、私も幼い頃から空手を続けていて挫折したこと、普段は地味で目立たない存在なことが重なって、芝居のスイッチが入ると人を釘づけにできる飛鳥に憧れました。抜き出したシーンは、街で見かけた人を形態模写する飛鳥が、自分の気配を消してしまうほど別人になる様子。何より、彼女の演技を見ている人たちが息を殺して魅入られている描写が素晴らしい!私の目の前で予測不能な芝居を繰り出されている感覚に、呼吸が苦しくなるくらい胸がドキドキ、そして口元は無意識に笑ってしまう。ライヴ感。ああ、こんなふうに演技したい、と自然にのめり込んでしまうのです。読み返すうちに他の登場人物もみんな好きになりましたが、実写化するのなら、飛鳥を演じたいと心から願っています。
ミュージシャン
favorite book
淀川長治、山田宏一『映画は語る』
日本の映画評論の第一人者2人による対談集。1985年から98年までに行われた映画インタビューをまとめている。映画の楽しみ方、目をつけるべきポイント、裏側などをざっくばらんに語る。(中央公論新社/¥2,300)
“淀長節”を活字で体験
2人の貴重な映画批評にひたる
今年の5月、山田宏一さんの『美女と犯罪』を読み、その流れで手に取りました。この本は章ごとに具体的な作品を挙げながら、映画の面白さや舞台裏なんかについて2人が好きに話しているというものです。“淀長節”と呼ばれる、あの語りがそのまま文字になっているんです。あらためて文字で読むと、膨大な映画鑑賞量と映画業界人としての経験から得られた知性がかっこいい。中でも淀川さんがチャップリンと会った話が印象的で。
実は、大学の頃に山田さんの映画の授業を受けました。講義はいつも10分も喋らず、あとはひたすら映画を観るだけ。印象的なのがレポート課題の時に「自分の解釈は書かなくていいです。よく調べて書いてください。解釈は自然に入るので」と。余計な解釈はしない。とにかく映画をたくさん観る。“映画は語る”というのが何よりも彼らの信念なのだとあらためて感じる1冊です。
*記事は2020年10月12日時点の情報です。現在は価格等が変更となっている場合があります。
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南雲詩乃
オートクチュールメゾンで帽子作りを学び、帽子ブランドで経験を積んだ後、2019AWに自身のブランドをスタート。
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牧野圭太
1作品最大16ページの蛇腹式の本に『檸檬』『夜釣』『走れメロス』などの名作を収録した「文鳥文庫」の仕掛け人。
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芋生 悠
1997年、熊本県生まれ。村上虹郎とW主演の映画『ソワレ』が話題に。2021年5月28日公開の映画『HOKUSAI』の花魁 朝雪役などの出演作が。
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荒内 佑
バンド「cero」のメンバー。初の著書『小鳥たちの計画』(筑摩書房)が発売中。読書をする場所はいつもドトール。