08 May 2021
若き画家の描いた、やさしい風景に包まれて 中園孔二個展「すべての面がこっちを向いている」@ANB Tokyo

《無題》制作年不明 ©️ Koji Nakazono, courtesy of Tomio Koyama Gallery
六本木に昨年オープンしたアートスペースANB Tokyoで、2021年5月23日(日)まで中園孔二の個展「すべての面がこっちを向いている」が開催中だ。
展示風景 筆者撮影
中園孔二は1989年神奈川生まれ。2015年、25歳で夭逝するまでに、絵画を中心に彫刻、インスタレーションも含め700点以上にわたる膨大な作品を制作した。生前、東京オペラシティアートギャラリーグループ展「絵画の在りか」に参加、逝去後も、埼玉県立近代美術館でのグループ展(2016年)のほか、パリのポンピドゥーセンター・メス(2017年)や、モスクワビエンナーレ(2017年)、アイルランド近代美術館(2019年)などの展覧会に出品。2018年には横須賀美術館にて個展「中園孔二展 外縁−見てみたかった景色」が開催され、同時に求龍堂より作品集も刊行されている。
《無題》制作年不明 ©️ Koji Nakazono, courtesy of Tomio Koyama Gallery
本展は、2018年の横須賀美術館以来、3年ぶり5度目の個展となる。会場には自宅やスタジオ、ギャラリーで保管されていた未発表の作品およそ50点が展示されている。大小さまざまなサイズのパネルやカンバスに、モチーフも色使いも異なるペインティングがずらり。タイトルのとおり、描かれている人?のようなものの顔が全部こちらを見ている壁は、イラストやマンガのキャラクターのようなかわいらしい顔とポップな色が楽しい作品だ。
一方、モノクロに近い少ない色数で描かれた作品は、顔の部分の絵具がぐにゃりと引き伸ばされ、やや不気味な雰囲気を醸している。かと思うと、計算されたかのように細密に描かれた作品もある。
展示風景 写真:岩本室佳
初めて実物の作品を見て、数の多さとその多様さに圧倒されてしまった。この人はいったい何を描いているのだろう?と素直な疑問が浮かぶ。というのも、とりわけ現代のアーティストは、きちんと人に伝えられるコンセプトがあり、若くてもスタイルが確立している作家も多いからだ。そうすると、自然と観る側も、作家の意図やスタイルを読み込もうとしてしまう。まだまだ若かったのだし、色々と試している途中だったのかもしれない。ただ、作品に垣間見える試行錯誤は、苦悩というよりは奔放でポジティブな印象だ。見ているうち、私の方が凝り固まった「絵の見方」をしていたのだと気づかされた。
展示風景 筆者撮影
4階には、これまた発表された作品以上に膨大な量があるというドローイングブックからセレクトされた数点と共に、アーティストの中村土光がアーティストのインタビュー映像を集めたプロジェクト「誰かのCV 2014」より、中園のインタビュー映像が流れている。絵が得意だったから自分は絵で表現している、とか、気分が乗っているときはモノクロが多くて、少し暗い気分のときは明るい色になる、など、素直に答える作家の姿から、この人は絵を描くのが好きなんだなあと伝わってくる。ちなみに、インタビュー動画は以下のウェブサイトでも見ることができる。
中村土光「誰かのCV 2014」中園孔二
展示されているドローイングブック 写真:岩本室佳
オープニングということで会場にいらしていた中園さんのお父様から、面白いエピソードをお聞きした。中園さんは、新幹線などスピーディな移動を嫌い、首都圏から関西圏くらいの距離であれば、必ずと言っていいほど鈍行で移動していたという。理由は「時間がもったいないから」。この謎解きのような言葉は、道中ずっと絵を描いていたという話で合点がいった。中園さんにとっては、むしろ効率よい移動は不便だったのだろう。目にも止まらぬ速さで移動し、留めておきたい風景の数々をなかったことにしてしまうなんて、いかにも非効率だったのだ。
展示風景 写真:岩本室佳
そして、このお話を聞いて、何を描いているんだろう?という疑問が少し解消された気がした。この人は自分の見たもの、風景を何とか再現・表現しようとしていたのかもしれない。他人が見たら、何を描いているのかもバラバラだし、自分の内面世界を描いているようにも見えるそれらが、中園さんが見ていたこの世界だったとしたら……?
展示風景 筆者撮影
本当にどんなときでも絵を描く時間に充てていたという、中園さん。目に映るものすべて、なんて歌詞があるけれど、本当に全部を描こうとしていたのかもしれない。それらに漂う空気は、今の新緑が爽やかな季節と相まって、まさに「やさしさに包まれたなら」と言えるものだった。
《無題》制作年不明 ©️ Koji Nakazono, courtesy of Tomio Koyama Gallery
中園 孔二 なかぞの・こうじ
1989年神奈川生まれ。2015年7月他界、享年25歳。2012年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。同年「アートアワードトーキョー丸の内2012」に選出され、小山登美夫賞、オーディエンス賞を受賞。個展として、2013、2016年小山登美夫ギャラリー、2014年8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery、2018年には横須賀美術館にて、初の美術館での個展「中園孔二展 外縁−見てみたかった景色」を開催した。
中園孔二 個展「すべての面がこっちを向いている」
会場:ANB Tokyo 3F&4F
住所: 東京都港区六本木5-17-16
会期: 開催中~5月23日(日)
時間:12:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで)
休館日: 月・火(祝日の場合開館)
※オンライン予約制です。

柴原聡子
建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など