アニメ評論家の藤津亮太さん監修のもと、戦中から現在に至るまでの巨匠たちをさまざまな角度から解説。珠玉の作品とともに、各人の作風や技術力を存分に味わおう。
日本アニメ史振り返りレジェンド監督 vol.1
戦中から活躍した日本アニメの父
政岡憲三
セル画やトーキー(映像と音声が同期した映画)を導入するなど、このジャンルの技術的な基盤を築いた第一人者。戦時下の1930年代から約20年にわたって活動し、アニメーションそのものの質を向上しようと試みながら、新たな美的表現を追い求めた。1933年に国内初のトーキー漫画映画『力と女の世の中』を完成させた。その後41年に松竹の動画研究所に入社し、43年に自身の代表作となるミュージカル仕立ての日本初フルセルアニメーション『くもとちゅうりっぷ』を発表。後年は漫画や絵本の分野で活躍した。なお弟子の森やすじは宮崎駿らの大先輩にあたる。
監督の真髄を味わう2作品
『すて猫トラちゃん』(47)
捨てられたトラちゃんと拾ってくれた三毛猫一家が家族になっていく。全セリフが歌のオペレッタ形式。
『くもとちゅうりっぷ』(43)
太平洋戦争中に製作。擬人化されたてんとう虫の女の子を捕らえようと、蜘蛛が必死に追いかける。
アニメ表現の開拓者
高畑 勲
1968年、東映動画にて『太陽の王子 ホルスの大冒険』(68)で長編演出デビューを果たす。同作では子ども向け的な世界から一歩踏み込み、骨太なテーマと、それにふさわしい演出に挑戦した。また人間の生活を丹念に描いた『アルプスの少女ハイジ』(74)では、日常生活そのものがアニメーションのテーマになることを証明し、日本のアニメの発展に大きな影響を与えた。
1985年以降はスタジオジブリで作品を発表。『火垂るの墓』(88)、『おもひでぽろぽろ』(91)などで“日本人”と“日本の風景”を表現しようと挑んだ。『ホーホケキョ となりの山田くん』(99)以降は、水彩画風のタッチにトライ。観客がキャラクターに感情移入しすぎる状況をあえて作ろうとせず、客観的な語り口の中で観る人の想像力を呼び起こすような表現を目指した。
監督の真髄を味わう2作品
『かぐや姫の物語』(13)
「竹取物語」を題材にかぐや姫の犯した罪とその罰とは何だったのかを描く。高畑にとって遺作となった。
『母をたずねて三千里』(76)
イタリアに住む少年マルコが、南米に出稼ぎに出た母を探す旅へ。ドキュメンタリー的に彼の孤独な旅路を追う。
イマジネーションの軽業師
宮崎 駿
東映動画で出会ってから長らく高畑の右腕として複数の作品に携わり、『未来少年コナン』(78)で演出デビューを果たした。スタジオジブリの立ち上げ以降は『天空の城ラピュタ』(86)、『となりのトトロ』(88)、『魔女の宅急便』(89)、『もののけ姫』(97)といった数々の大ヒット作を発表。2002年には『千と千尋の神隠し』が第52回ベルリン国際映画祭でアニメ初の金熊賞を受賞した。子どもの目線から物語や景色、世界のあり方をとらえようとする姿勢が作品から感じとれ、そこに観客を飽きさせない名人芸的なイマジネーションの広がりが両立している。
自身のフィルモグラフィーの中では異色作ともいえる青年男女の愛を中心に描いた『風立ちぬ』(13)も、大人の視点で物語が進んでいくパートが多いものの、主人公が子どもの頃に飛行機に対して抱いていた夢や憧れからすべてが始まっているという点にも注目したい。
監督の真髄を味わう2作品
『ルパン三世 カリオストロの城』(79)
映画初監督作。盗んだ大金が偽札だと気づいたルパンたちはカリオストロ公国に潜入。幽閉された少女と出会う。
『千と千尋の神隠し』(01)
10歳の少女が奇妙な世界に迷い込み“自分”を探す冒険ファンタジー。社会の理不尽さを描き出し異を唱える。
アニメで世界を救いたい
富野由悠季
手塚治虫主宰の虫プロダクション(虫プロ)で『鉄腕アトム』の脚本や演出に携わった後、幾つかの作品を経て『機動戦士ガンダム』(79)を発表。ロボットを“戦争の歩兵”に見立て、若者同士がぶつかり合う人間ドラマを生々しく描いた。中でも主人公のアムロ・レイの内向的なキャラクターは画期的で、後のアニメの主人公像に大きな影響を与えた。近年は戦争や地球環境の悪化などをテーマにした作品を通して、人類存続の課題を次世代に問いかけている。
監督の真髄を味わう2作品
『∀ガンダム』(99)
戦争によって破壊された地球。月に脱出した人々と残された人々が、月の民の帰還によって戦争を再開する。
『無敵超人ザンボット3』(77)
地球を滅ぼすために襲来した破壊者に地球を守る神ファミリーが立ち向かうが、隣人の迫害が彼らを苦しめる。
演出のマジシャン
出﨑 統
『あしたのジョー』(70)で監督デビュー。その後、『ガンバの冒険』(75)をはじめ、昭和のヒット作を連発した。背景と同じ質感で描かれたキャラクターの「止め絵」を効果的に使う手法や、その止め絵を複数回スライドしてみせる「繰り返しショット」(3回連続で繰り返す際は「3回PAN」と呼ばれる)など、シーンの情感を盛り上げるための画期的な演出を多く確立。その独自のスタイルは“出﨑演出”と称された。
監督の真髄を味わう2作品
『劇場版 エースをねらえ!』(79)
お蝶夫人に憧れ名門テニス部のある高校に入部した岡ひろみが、宗方コーチとともに全国一を目指す。
『あしたのジョー』(70)
施設を脱走した少年・矢吹丈が、元ボクサー丹下段平にセンスを見出され一流のプロボクサーを目指す。
アニメだからこそ作れる「映画」を探求
押井 守
『うる星やつら』の劇場版『オンリー・ユー』(83)で映画監督デビュー。アニメという表現手段を用いながら、いかに“映画を見た”と実感させられる作品を制作するかを突き詰めて思考。『機動警察パトレイバー the Movie』(88)や『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)といったSF作品でその成果を発揮し、アニメ業界に大きな影響を与えた。
『イノセンス』(04)ではカンヌ国際映画祭のコンペ部門に選出され、デジタル技術が普及するにつれ、アニメと現場での撮影がすべてだった実写表現との間に大きな差がなくなってくる(映画もアニメも、素材をいかにコンピュータの中で組み立てるかが重要になる)ことを見越し、「すべての映画はアニメになる」という持論を展開するように。なお『機動警察パトレイバー』劇場版第2作の構図や撮影術などをまとめた書籍『METHODS 押井守』シリーズは、業界内やアニメーターらの間でバイブル的書籍になった。
監督の真髄を味わう2作品
『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(93)
謎の戦闘機がベイブリッジを爆破し、犯人は自衛隊機であったと報道される。そこから数々の事件が明るみに。
『うる星やつら ビューティフルドリーマー』(84)
永遠に繰り返される、ある1日。諸星あたるとラムたちは不思議な世界からの脱出を試みるが…。