小さい頃、絵本は目と耳の世界だった。まだあまり文字が読めないから、絵は観ているけどそこにある言葉は誰かに読んでもらった声で入ってくる。そういう原体験のようなものが体によみがえってくる。それくらい、ミロコマチコの絵の強さは一気に目を奪う。
デビュー作『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞してから、次々と発表する作品で多くの人を惹きつけている彼女の展覧会が、世田谷文学館で開催中だ。
展示されている作品は150点超(!)。絵本の原画のほか、絵やスケッチ、インスタレーションのようなもの?が観られる。いつも絵本の紙からはみ出してしまうような圧倒的な勢いがある絵が、ほんとうに飛び出してしまったよう。
《グランドガゼルもまってる》2010年
展覧会は、「大地をふみならす」という章から始まる。のっしのっしと歩く動物、ひたひたと獲物に近づく動物、四つの肢で地面を踏みしめて生きる動物たちがたくさんいる。
ヒョウやトラなど、模様のあるネコ科の動物は、どれも勢いのあるタッチなのに、きちんとそれぞれの模様の違いが描かれている。こういう勢いの中にある繊細さにもグッときてしまう。
大きなシロクマは、吊り目で怖い顔をしている。本物のシロクマの表情とは違うけれど、私たちが計り知れない野生の厳しさを物語っている。
《ホッキョクグマ》2015年、アルフレックスジャパン蔵
続く「そらを吹く」という章では、鳥や虫など空を飛ぶものがいっぱい。展示されている観察スケッチを見ていると、動物を観た時のポイントみたいなものが書き込まれていて楽しい。モモンガとムササビの、マントのように広がる皮膚がどこからどこまでかなんて違いには、なるほどと一つ知恵がついた。
ムササビとモモンガがモチーフになったグッズのコースター。(これは展示作品ではありません)
「ひびく夜」と題された章には、ヘラジカの巨大な壁画が。暗い夜のなか、前のめりに進んでいく鹿の群れ。いつも見ているのとはまったく違うスケールで、まるで絵本の世界に入り込んでしまったみたい。土の中の虫たちがエネルギッシュにうごめいているもあって、思わず自分が立っている地面の下のことを想像してしまった。
《おやすみ、トナカイ》2015年、ライブペイント、アルフレックスジャパン蔵
無類の猫好きとしても知られるミロコマチコ。愛猫の鉄三との日々を綴った『てつぞうはね』の原画もある(この絵本はほんとうに泣けてしまう!)。ゾウやライオンといった動物園でしか見られない動物とは違って、猫は人間に近い存在なはずなのに、しなり方やジャンプの仕方はすごくワイルド。身体の縞柄も背景の植物に溶け込んでいる。彼女の目に猫はこうやって映っているのだろう。
《ネギ畑のミルクとシマ》2016年
とにかくボリュームたっぷりのこの展覧会。出てくる動物たちは何も特別なものではなく、私たちと同じ地平で生きる、人間がコントロールできるわけもないワイルドな存在だということ、そのなかで自分もささやかに生きているんだということが伝わってくる。彼女の絵が少しでも好きな人なら、この機会にミロコワールドを堪能してほしい。