写るのは、記憶と時間をたたえた肌。「石内 都 肌理と写真」が横浜美術館で開催中

写るのは、記憶と時間をたたえた肌。「石内 都 肌理と写真」が横浜美術館で開催中

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荒れた様子の廃墟のような建物の壁。ぼろぼろに焼けてしまった可憐な少女のワンピース。身体に残る傷跡。石内都の写真は、見ている方の皮膚がざわつく。大それたセットも組まず、手持ちのカメラで撮る。写真に加工もしない。手法としてはストレートフォトグラフィーの類になるのに、そのイメージをスナップ写真としてみることはできない。一枚一枚にしっかりと対峙して、かみしめるように見ないといけない、そんなふうに迫ってくる。

今回は、これまでの膨大な作品の数々を、「肌理(きめ)」というテーマを切り口として、約240点を再構成する大回顧展。4つあるテーマは、「横浜」「絹」「無垢」「遺されたもの」いずれも、石内の名シリーズが並ぶ。

ギンザ読者にぜひ見てもらいたいのが、衣服を撮ったシリーズの数々。広島の被爆者の遺品を撮り続けているシリーズ〈ひろしま〉をはじめ、メキシコのアーティスト、フリーダ・カーロの遺品を撮ったもの、石内の生まれ故郷であり、絹織物で有名な桐生の絹織物、銘仙を撮影したものなど、さまざまある。

石内都 肌理と写真 横浜美術館《ひろしま #106 Donor: Hashimoto, H.》2016年 ©Ishiuchi Miyako

〈ひろしま〉シリーズのひとつ、可愛らしい小花柄のワンピースの写真は、前にも見たことがあった。そのときは、長引く戦争で貧しい生活を送っていたはずの市井の人々、なかでも小さな女の子が、こんなに可愛らしい(きっとお母さんの手縫いの)ワンピースを着ていたのかと知って胸が苦しくなった。よく見ると、その花柄の部分だけ、焼け焦げて布から抜け落ちて穴だらけになっている。それは、黒い部分に集中的に原爆の閃光が通ってしまったからだった。そこでまた、胸がものすごく苦しくなった。石内の写真は、ダイレクトにカラダに来る。ずしっとか、ざわざわ、とか、ヒリヒリとか。目とか頭というよりも、身体の記憶として、いつまでも、くすぶるように残る。

ただ、今回は新たな発見もあった。〈ひろしま〉のシリーズは、真っ青に塗られた壁に、ワンピースを写した作品が数点集めて展示されている。目線の高さのところに数点、高い天井に近いところにも。それを見ていると、なんだかその服が生きているみたいに見えてきた。ワンピースに刻まれた皺やうけた汚れや破れは、もぞもぞと蛹が蝶に変わる瞬間を思わせた。原爆投下の日は真夏だったから、ワンピースはすべて半袖。その袖は、生まれたてのしわくちゃなままの羽のようで、服はふわふわと天に向かって飛んでいく天使に見えた。

過去の遺物が未来につながっていくと石内は語っている。たしかに、彼女に撮られたこの服たちは、過去にとどまることなく、次の場所へと飛び立つようだ。私はこの展示を観て、かつてのひたすらに胸が締め付けられる思いから解放された。

石内都 肌理と写真 横浜美術館《Rick Owens’ kimono N2 #3》2017年 ©Ishiuchi Miyako

ほかに、今回の展示に出される新作として注目したいのが、リック・オウエンスの亡き父の持ち物であった着物を撮ったシリーズ。カタログに掲載されているオウエンスと石内の往復書簡には、彼の父との関係やぬぐえなかった確執など私的な内容が書かれていてドキッとしてしまう。

石内都 肌理と写真 横浜美術館《Frida by Ishiuchi #36》2012年 ©Ishiuchi Miyako

石内は衣服だけでなく、人の身体も撮り続けている。そのまなざしは、一見ネガティブなものに新しい視点を与え、慰撫するようなやさしさがある。今回「無垢」のコーナーでは、傷跡が残る人の身体を撮影した代表シリーズ〈Scars〉から、女性の傷跡だけを集めた〈Innocance〉が展示されている。「人は無垢であり続けたいと願望しながら、有形、無形の傷を負って生きざるをえない」という石内の言葉にもあるとおり、傷は「生の証」として表れている。「横浜」のコーナーにある、舞踏家・大野一雄の老いた肉体も、皺やシミがぞくっとするほどの美しさを放っている。

石内都 肌理と写真 横浜美術館
《Bayside Courts #56》1988-89年 ©Ishiuchi Miyako

1975年、石内都は暗室を横浜の自宅に構え写真家としての活動を始めた。初期のシリーズに写る「横浜」は、観光地としてイメージされる横浜とは違う。けれど、闇を感じさせる街角や生活風景、戦争の残り香としての異国感は、どこかやっぱり横浜だ。今回は、戦争の記憶を漂わせるデビュー作の〈絶唱、横須賀ストーリー〉の55点を、同じ会場のコレクション展にて展示しているのでお見逃しなく。

写真家としての実質的なデビューを果たしてから約40年を迎える石内都。亡き母や被爆者たちの遺品、身体の傷跡、かつての日本の女性たちが愛用した絹織物……。彼女の撮るものの「肌理」はなぜかいきいきと見える。皺やひだや跡は、生きている証であり、何かに変化していくプロセスのようで、その過去と未来をつなぐ瞬間はものすごく美しい。存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を、たっぷりと堪能してほしい。

 

石内 都(いしうち・みやこ)

1947年群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。1979年に〈Apartment〉で女性写真家として初めて第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した〈Mother’s〉で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した〈ひろしま〉も国際的に評価され、近年は国内各地の美術館のほか、アメリカ、オーストラリア、イタリアなど海外で作品を発表している。2013 年紫綬褒章受章。2014年には「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。作品は、横浜美術館をはじめ、東京国立近代美術館、東京都写真美術館など国内主要美術館、ニューヨーク近代美術館、J・ポール・ゲティ美術館、テート・モダンなど世界各地の美術館に収蔵されている。

 

「石内 都 肌理と写真」

会期:2017年12月9日(土)~2018年3月4日(日)

休館日:木曜日 *但し3月1日(木)は開館

開館時間:10:00~18:00

*2018年3月1日(木)は16:00まで、3月3日(土)は20:30まで

*入館は閉館の30 分前まで

観覧料:一般1,500円、大学・高校生900円、中学生600円、小学生以下無料

65歳以上1,400円(要証明書、美術館券売所でのみ対応)

http://yokohama.art.museum/special/2017/ishiuchimiyako/

柴原聡子

建築設計事務所や美術館勤務を経て、フリーランスの編集・企画・執筆・広報として活動。建築やアートにかかわる記事の執筆、印刷物やウェブサイトを制作するほか、展覧会やイベントの企画・広報も行う。企画した展覧会に「ファンタスマ――ケイト・ロードの標本室」、「スタジオ・ムンバイ 夏の家」など

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